前置きはもうおしまい
圧倒的な熱量と破壊のエネルギーが、モンスターの全身に焼きつく。
次の瞬間には、巨大な植物モンスターは灰となって散っていった。
一瞬の出来事であった。
デメテルの最高戦力百人を苦しめた新種の巨大モンスターは、俺の魔法一発で灰燼と化した。
その光景を目の当たりにして、なお信じられる者は何人いただろうか。
「うそやろ? あのバケモンを一撃で? わてらがどんだけ苦労してたと思ってんねん……!」
「呆けてる暇はないぞルージュ。お前はお前のやるべきことをしろ」
「公子。あんたは一体……」
ルージュをはじめ、その場の戦士達は俺の実力に困惑しているようだ。
実際に戦ったからこそわかるモンスターの強さ。それを一撃で殺した俺のヤバさを肌で実感しているのだろう。
そしてそれは、アンも同様だった。
『あーしの瘴気が、ただの魔法に破られるなんて』
「なまったんじゃねーのか、アン」
『そんなはずありません!』
瘴気は魔法やスキルを無効化する。
打ち破るには、〈妙なる祈り〉のような理を超える力や、神性を帯びた攻撃が必要だ。
だが俺は、前世界で瘴気を得たことで第三の解を導き出していた。
圧倒的なエネルギーで突破する。
詮ずるところは脳筋プレイ。力こそパワーなのだ。
俺は跳躍する。
浮遊するアンに接近。
「あっ」
びっくりするアン。その声に魔王的な響きはなくなっていた。
その白い頬にビンタを叩き込む。
パンッ、と小気味よい音が鳴った。
アンは呆然として、横を向いたまま赤くなっていく頬を押さえる。
「もう諦めろ。マーテリアはエレノアに取り込まれた。お前の希望は叶わない」
「誰が諦めますかっ」
俺はアンの胸倉を掴み、そのまま落下。
背中からアンを大地に叩きつけた。
轟音と共に、凄まじい砂塵が舞い上がる。
「マーテリア復活の方法を知ってるってのか? 教えろよ」
「い、言いません」
俺はアンに馬乗りになり、ビンタを喰らわせる。
バチンと良い音が響いた。
「言うんだ」
「どれだけ痛めつけられても、あーしは言いませんから」
「ふーん」
両の頬を赤く晴らして、アンは泣きそうな声を漏らす。
その瞳には涙が滲んでいたが、気のせいだろうか、どこか期待するような色がある。
「しゃーねぇ」
俺は砂塵が晴れる前に、魔法を発動する。
俺とアンの存在を周囲から隠す効果だ。
「屋敷に帰るぞ。そもそもお前に外出を許した憶えはない」
「あっ」
アンを抱き上げて、そのまま帰路につく。
不思議と、アンは抵抗しなかった。
後でコーネリアに馬を持って帰ってきてもらうか。
とにかくこれで、今回の騒動はひとまずの落ち着きを見せるだろう。
これから俺は、アンが知っていることをすべて吐かせなければならないってことだ。
おそらく、今日を境に世界は急激に変化するだろう。
多くのことが一斉に起こりすぎた。
ここからが、この世界の本番というわけだ。




