炎の嵐は龍となる
『え……?』
アンは俺の姿を見とめると、切れ長の目を大きくしてパチパチさせた。
『ロ』
ろ?
『ロロロロッロロロロ――』
壊れたおもちゃのように同じ文字を連呼するアン。
『ロートス・アルバレスッ!』
どうやら俺の名前を言いたかったようだ。
『な、なぜあなたがここにっ? ダンジョンに向かったはずじゃ』
「もう終わったよ、それは」
『こんなに早く? ばかな』
「なんだお前。俺がダンジョンに行ってる隙に乗っ取っちまおうって腹だったのか? そりゃあ、ちょっと考えが甘すぎるよな」
『うるさい!』
らしくもなく声を荒げるアン。
俺が現れてから、奴の様子がおかしい。どこか落ち着かない感じでそわそわしているし、細い肢体をくねらせるように抱きしめている。
モンスターの動きも止まっているようだ。
「性懲りもなくマーテリアの復活を目論んでるのか? もういいだろ。前の世界で失敗したんだし。マーテリアの神性はエレノアが奪っちまった。どうやって復活させるつもりだ?」
『そんなこと。わざわざ教える義理はありません』
「そりゃそうだ」
俺は剣に手をかける。
「体に聞くしかないようだな」
アンが肩を震わせる。その表情は、恐れているような、期待しているような、微妙なものだった。
『いいでしょう。前回のようにいくと思わないでくださいね。今のあなたに、人を超えるような力は感じられません』
「どうかな。物は試しってやつさ」
アンの体から、漆黒の瘴気が生まれ、あたりの空間に広がっていく。
それに合わせて、植物モンスターの動きも活発になった。
薔薇の中央に濃密な魔力が収束する。強力な魔法の気配だ。
「小公爵様。私が防ぎます」
隣に来ていたコーネリアが盾を構える。
「マギ・シルト」
盾に集まった魔力が、青白いバリアを形成した。
閃光。
薔薇に収束した魔力が、極大のレーザービームとなって俺達に降ってきた。
漆黒のレーザーが、マギ・シルトとぶつかる。
その衝撃たるや凄まじく、大公園の草花や建造物を軒並み吹き飛ばしていく。
だが、バリアの内側にいる俺達にはなんの影響もない。
「すごい魔法だな」
「ずっと守ることばかり考えていましたから」
アンを見上げるコーネリア。
「守るべきものに使うことになるとは思っていませんでした」
その声には哀愁が漂っている。
「気に病むことはない。本当に守るべきものは、あいつじゃなかったってことさ」
漆黒のレーザーが消えると、驚くべきことにバリアの周りだけが黒焦げのクレーターになっていた。
レーザーもすごいし、マギ・シルトもすごい。
「よくやったコーネリア。あとは俺がやる」
せっかくだから、ここは魔法で決めよう。
俺の両手に魔力が凝集する。
その余波だけで、大気が震え、周囲の瓦礫が浮かび上がる。
「な、なんやこの魔力は……!」
「ありえぬッ! この魔力、やばすぎるぞッ!」
ルージュとエルゲンバッハの驚きが聞こえてくる。
「なんという魔力じゃ……! ワシも百年以上生きてきたが、これほどの魔力量に出会ったことは一度たりともないわい」
チェチェン老って何歳なんだろう。
まぁそんなことはいい。
俺は『無限の魔力』を用いて魔法を撃つのみだ。
「フレイムボルト・テンペスト」
俺の魔力が、炎の巨龍にも見紛う凶悪な波動となって植物モンスターを呑み込んだ。




