倒した
エレノアの化身は、左腕と右脚を失ってぶっ飛び、ごろごろと地面を転がっていた。
「な、なんだい今のは……吾輩のフレイムボルトって、こんなに強かったのか……実は吾輩も天才だったのか。この窮地において、秘められた力が覚醒をしたのか」
「ヒーモくん。たぶん違うと思いますよ。あたしのフリジットアローもすごい威力が出ましたもん」
「エマくんにも隠された実力があったということなのか」
「そんな都合のいいことありませんって……あたしに才能がないことは、自分が一番知ってますから」
「だったら……さっきの魔法、どう説明するんだい?」
「あたしはいつも通り魔法を撃っただけです。使った魔力もいつも通り。それなのにあんな威力になるってことは、何かの影響を受けたんじゃないでしょうか」
「要するに、魔法を強化する魔法とか? そういった類の?」
「たぶん、ですけど」
「そんないい加減な」
エマが言っていることはあながち間違いじゃない。
普通に考えて、二人があんな威力の魔法を撃てるわけがない。明らかに外部の干渉を受けている。
問題は何に干渉されているのか、だが。
のんびり考えている暇はなさそうだ。
「あ、あれ見てください!」
人の形を失ったエレノアの化身は、大きく膨張し、真っ白い肉塊に変貌しつつあった。
「なんとおぞましい。本当に女神エレノアの化身なのか?」
「公子さま! あたし達はどうしたらいいですか!」
考えるまでもない。
「状況はこっちが有利なんだ。後先考えず、ぶちかませ!」
「わかりました!」
「任せてくれ我が親友よ!」
それから、ヒーモとエマによる魔法の波状攻撃が始まった。
単純な魔法だが、その威力が凄まじい。
圧倒的な火力をもって膨張した化身を破壊していく。
「すごいな」
もう俺の出る幕はない。
間もなく、エレノアの化身は跡形もなく消滅した。
後に残ったのは、豪炎と冷気の余韻のみ。
「た、倒した……?」
「おお! やったぞ! 吾輩の魔法が敵を消し飛ばしたんだ!」
「でも、あれって女神の化身だったんじゃ」
「ああっ! そうだ! おいロートス! なんか勢いで倒してしまったが、大丈夫なのかいっ? 女神エレノアの化身を倒したりしてっ」
「問題ない」
俺は純白の空を見上げる。
頭上一面に無数の罅割れが生まれ、広がっていく。
「なんですか? あれ」
「空が、割れている」
言葉が紡がれる間に、罅割れはどんどん拡がっていく。何が起こっているのかと考える間もなく、空は細かい網目状の線に覆いつくされた。
「ダンジョンの崩壊だ」
白い空が、砕け散る。
音はしなかった。感じたのは、全身を撫でる温い風だけ。
唐突に光が降ってきて、俺は思わず手をかざした。淀んだ魔力によって異空間と化していた魔法学園が、元の姿に戻っていく。
砕け散った純白の破片が、無数の粒子となって降り注ぐ。
「これは……」
キラキラと輝く粒子から、女神の神性を感じる。
やはりこのダンジョンは、女神の力によって生み出されたのか。
「いったい何を考えてるんだ、お前は」
この問いかけは届くのだろうか。
どこにでもいて、どこにもいないエレノアに。




