つおいんです
正門を通過した瞬間。
肌にへばりつくような不快な感覚が全身を巡った。
まるで生温いゼリーの中に飛び込んだような感覚だった。
「ううっ……なんですか、これぇ」
エマは心の底から気持ち悪そうにしている。
「この感じ……瘴気か?」
黒いオーラこそないが、一度モノにした力の感覚は憶えている。
この空間。魔法学園の敷地内に充満しているのは、紛れもなく瘴気だった。
どういうことだ。瘴気はマーテリアの神性の一部だ。それを吸収したのはエレノアだから、つまりこれはエレノアの力なのか。
「公子さま? どうされたんですか?」
「いや、なんでもない。ヒーモを探そう」
気になることはあるが、ひとまずここはヒーモの救助が先決だ。
更に奥に進もうと馬の腹を蹴るが、何故か動こうとしない。ぶるぶると弱々しい鼻嵐を鳴らすのみ。
「怯えてるのか?」
無理もない。瘴気は生命にとって根源的な毒だ。人間よりも本能的な勘が鋭い動物は、この恐ろしさを肌で感じられるのだろう。
「降りよう。ここからは歩きだ」
「はい。わかりました」
エマに手を貸して下馬させる。彼女はやはり不安そうだった。
「ヒーモくん。大丈夫でしょうか」
「無事を祈るしかない」
魔法学園のキャンパスは、いつもと雰囲気がまるで違う。
しかも、さっきまで晴天が広がっていたのに、現在の空はかなり曇っている。
帝都の空は急激な天気の変化があまりないと聞く。一体どうやってやがる。
キャンパスを進み、俺達が毎日講義を受けている建物の付近を通っていると、頭上から殺気を感じた。
エマは気付いていない。
俺はそのほっそりとした肩を抱き寄せ、バックステップを踏む。
「えっー―」
一秒前に俺達が立っていた場所に、巨大なモンスターが墜落した。
「ひっ……!」
エマの引き攣った声が耳元で鳴る。
モンスターは太い二本脚で大地を砕く。飛び散った石畳の破片が俺達の脇を通り過ぎていく。当たりそうなものはすべて俺が打ち払った。
「あ、あ、メテオ・オーガ……!」
「怖がることはない。ザコだ」
「ザコって……危険指定種ですよっ?」
「見てみろ」
エマが恐る恐るメテオ・オーガを見上げる。
白い目玉と視線が合い、エマは息を呑んだ。
「あれ……?」
ところが、メテオ・オーガは動かない。
「なんで?」
エマが困惑した矢先。
メテオ・オーガの巨体に、縦三本の切れ目が走った。
その線から鉛色の血が漏れ出る。
そして、威圧的な巨体が三つに分かれて地に倒れ伏した。ドドド、と鈍い音が重なる。
メテオ・オーガは、声を発することもなく沈黙した。
「し、死んでる」
「な? ザコだろ?」
「これ、公子さまがやったんですか?」
「ああ。着地した瞬間に三枚に下ろしておいた」
「え、でも。剣を抜いてもいませんよね?」
「見えなかっただけだ」
「ええと……」
どうやらエマには理解できないようだ。
それくらい力の差があるってことだ。
「そんなことはいい。ヒーモを探すぞ。念話灯は通じないんだろ?」
「はい。さっきからずっとかけてるんですけど……」
瘴気のせいだな。魔力波に干渉して念話が届かなくなってる。
「ヒーモの魔力の痕跡があればいいんだが」
だがその時。
「うわあああああ!」
という叫びが遠方から聞こえてきた。
「ヒーモの声だ」
「え? ほんとですか? あたしには聞こえませんでしたよ?」
「俺は耳がいいからな。行くぞ」
「はい。きゃっ」
時間が惜しい。
俺はエマをお姫様抱っこして、ヒーモの声が聞こえた方に疾走した。




