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偽物と、モノホン

「そんな……!」


 一瞬の出来事に、誰もが戦慄した。


「あの『トリニティ』が一撃で……」


 実力者と称されるパーティの消滅は、モンスターの脅威を存分に知らしめた。

 蔓延する恐怖を吹き飛ばすように、エルゲンバッハが勇ましい声を張り上げた。


「怖れるな! いかに巨大であろうと敵は一匹! このエルゲンバッハに続けぃ!」


 突進。迫りくる無数のツタを、その太い腕で打ち払いながらモンスターへと肉薄する。


「ほっほっほ。若いのぅ」


 チェチェン・チェンの枯れ木のような体から、凄まじい闘気が立ち上る。


「さて、この老いぼれも行くとしようか」


 ほのかな魔力の光を全身に宿し、足裏で地を滑るようにモンスターの足元へ飛び込んでいく。


「始まったわ……!」


 イキールが息を呑む。


「ほな。わてもあれをシバいてくるわ」


 ルージュも、俺達の上を飛び越えて戦闘へ参加した。

 百人の実力者による巨大モンスター討伐か。勝算はあるのだろうか。


 その時だった。

 尻ポケットが振動する。念話灯の着信だ。

 まじかよ、こんな時に。だが、出ないわけにはいかない。


「もしもし」


『聞こえるか』


 フィードリッドの声。


「おい。どういうことだ。帝都で『アウトブレイク』が起こってる。何も聞いてないぞ」


 俺はイキールに聞こえないよう小声で話す。

 彼女はモンスター討伐の観戦に夢中で、こちらに意識が向いていないのが幸いだ。


『ワタシ達もこれほど早く起こるとは思っていなかったのだ』


「なんだと?」


『だが予定が早まっただけだ。想定外というほどではない。このまま計画を進める』


「住民に被害が出てるんだぞ」


『何を言う。分かっていたことだろう』


「だが」


『割り切れロートス。どうせこの世界は偽り。生者も死者も、世界と共にすべて元通りになるのだ』


「だとしても――」


 言いかけて、俺はこの先の言葉に何の意味もないことを思い出す。


「いや……わかった」


『ロートス。これくらいで揺らいでもらっては困る。ワタシ達の進む道は――』


「わかってるって。もう大丈夫だ」


『ならいい。お前はこのまま、状況をコントロールするのだ。〝ユグドラシル〟が自由に動けるようになるには、それが第一だからな』


「ああ。任せとけ」


『頼んだぞ。ワタシを、娘に会わせてくれ』


 念話終了。

 俺の脳裏を過っていたのは、アデライト先生のお茶目な微笑みだった。

 まったく、フィードリッドの奴は、俺のアゲ方を心得ている。

 二の足を踏むなロートス・アルバレス。もう、やるしかないんだ。


 俺は隣で手に汗を握るイキールを見る。


「おいイキール。お前、どうするつもりだ」


「悔しいけど、あの戦いに参加するのは無理よ。足手まといになるだけだわ……っ」


 心底口惜しそうに拳を握りしめる。


「でも、皇室からあいつをどうにかするよう言われたんだろ?」


「そうだけど」


 皇帝はいったい何を考えているのか。自分の身を守ることしか考えていないんだろうな。

 有事の際は、それが国主としての最適解かもしれないが。


「なら、できることをしようぜ。ここに来るまでにも助けを求める人はたくさんいた。手分けして住民を救助しよう」


「……そうね。わかった」


 イキールは馬を転身させた。


「一段落したらまた戻ってくるわ」


「イキール!」


 思わず、馬を走らせようとしたところを呼び止める。


「……死ぬなよ」


「ええ。あなたも」


 ふっと笑みを見せ、イキールは颯爽と街の中へ駆けていった。

 なんとなく自嘲的な溜息を吐いてしまう。


「甘い男だな、俺も」


 この世界に未練などないはずなのに。

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