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これもう名前が同じだけの別人だろ

 二人でテーブルにつくと、居心地の悪い沈黙が空間を覆い尽くした。


「あれからひと月経ったが、まだ『アウトブレイク』は起こってないな」


「幸いね。でもいつ起こるかわからない。気は抜けないわ」


「学園のセーフダンジョンの様子はどうなってるんだ? ペネトレーションは起きたままなのか?」


「小康状態といったところね。予断を許さない状況だけど、いますぐどうこうって感じじゃなさそう」


「ひとまずは落ち着いてるのか」


 フィードリッド達はまだ動いてないんだな。まぁ、何かを起こすときは事前に連絡が入るから、俺が知らないはずないんだが。


「エルフどもの尻尾が掴めないから、皇帝陛下もお怒りだわ。今日は何が何でも情報を引き出さないと」


「まだグランブレイドがクロだと決まったわけじゃないだろうに」


 イキールは結果が出ないことに焦っている。

 この焦りはそのままデメテル皇室の焦りでもあるだろう。


 状況はある程度〝ユグドラシル〟の思惑通りに進んでいる。だが完璧というわけじゃない。どうにも不安が残る。

 エルフ達は今も『ユグドラシル・レコード』を調査しているようだが、核心に至る情報には触れられていないと聞いた。

 焦っているのは、俺も同じだ。エルフみたいに長い寿命があるわけじゃないからな。


 俺は心を落ち着ける為に、イキールの大きな胸の膨らみをガン見する。


「ふぅ」


 その視線に気付いたか、イキールはさっと胸を手で隠した。


「その目。不快よ」


「絵画や彫刻を見る評論家にも同じことを言うのか?」


「私の体は芸術品じゃない」


「芸術的だとは思うけどな」


「品定めされる不快さがあんたにわかるの?」


 なんだ。今日はやけに突っかかってくるな。


「ふん。どうして男って皆こうなのかしら。口を開けば性的な褒め言葉ばかり。貴族の令嬢の価値ってそれしかないわけ?」


「優れた容姿を持って生まれた代償だろ。贅沢な悩みだな」


「望んだわけじゃないわ」


「別に剣の腕だって褒めて貰えてるじゃねーか」


「それだってここ一年くらいの話よ。死に物狂いで努力して、やっと勝ち取った私の価値なの。それでも剣だけを認めてくれる人はいない。容姿と剣をセットにする人ばっかり」


「おいおい。んなこといったら男も女もないだろ。世の令嬢達はイケメン騎士が大好きじゃねーか」


「あんなミーハーと一緒にしないで」


「言ってることがめちゃくちゃだな」


「どこがよ」


「結局お前は自分が見られたいように見てほしいってだけだ。他人が自分をどう見るかなんて人それぞれだろ。そんなもんいちいち気にしてたら疲れるだけだぞ」


 ムッとするイキール。


「てか、お前だって世間の評判を鵜呑みにして俺を判断してただろ。だが実際はどうだ? 自慢の剣でも、お前は俺に敵わない。あれだけ見下してた俺にな」


 イキールはさらに不機嫌になる。ぐぬぬと言った擬音がこれほど似合う表情もないだろう。

 だがその様相はふっと消え去り、弱った面持ちに変わる。


「どうしてあなたは、そうやって飄々としていられるの? 誰もあなたの本当の姿を知らない。怠惰だの無能だの好き勝手なことを言われて、どうして怒りを感じないの?」


「考えたこともないな」


「他人の評価が気にならないの? 威厳を重んじる大貴族としては失格ね」


「そうやって枠に閉じ込めようとするから苦しむんだよ、お前は」


「なんですって?」


「侯爵令嬢のイキール・ガウマン。女として魅力的なイキール・ガウマン。凄腕剣士のイキール・ガウマン。肩書や属性が先に来てどうすんだ」


「そんなの……」


「いいか。俺は小公爵のロートス・アルバレスじゃない。俺という人間が、小公爵という立場を持っているだけだ。たとえ平民だろうと奴隷だろうと、天才だろうと凡才だろうと、俺は俺だ。それだけは決して揺らがない」


 目を丸くして俺を見るイキール。なんだその顔。


「別に今の自分を否定しろってわけじゃない。今持ってるもんに振り回されんなってことだ。確固たる自分を持っていれば、何が起こっても、何を言われても、どこにいようと、心の底から胸を張っていられるさ」


 あんまりこういう説教臭いことは言いたくないんだが、今のイキールを見ていると何故か口をついて出ちまった。この世界がなくなれば、こいつも消えてなくなってしまうというのに。

 俺の言ったことは、何度も転生を繰り返した俺だから当てはまることなのかもしれない。


「それって……とても難しい、生き方ね」


「でもそうやって生きた方が楽なんだよな。自分っていう芯がしっかりしていれば、何度転んでも立ち上がれるもんさ。かく言う俺もつい最近まで忘れてたから、偉そうには言えないんだけどな」


「ううん」


 イキールは首を振る。


「なにか一つ、見えたような気がするわ」


 彼女が浮かべたのは、今まで見たことのない純粋な笑顔だった。


「ありがとう」


 不覚にもどきりとしてしまう。

 いやいや。女になったとはいえイキールだぞ。

 ううむ。俺もまだまだ精進が足りないということか。


「坊ちゃま。お客様がお見えです」


 部屋にシエラの声が届く。

 ついに来たか。

 俺は立ち上がり、イキールに手を差し伸べる。


「行こう」


「ええ」


 俺の手を取ったイキール。

 ほんの少しだけ、刺々しさがなくなっていた。

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