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神話は再び動き出す

「あいつら……!」


 反応したのはイキールだ。


「公子! 連中が〝ユグドラシル〟よ!」


 あいつらが?

 エンペラードラゴンの足元に立つ数人。フードを目深にかぶっているせいで顔は拝めないが、どうやら全員女のようだ。


「時間に干渉する力に、無尽蔵の魔力。この目で見るまでは信じられなかったが、すごいものだな。スキルというのは。いや、すごいのはスキルではなく、それを使いこなす人か。流石、アルバレス公爵家の長子」


 中央の一人が、ゆっくりとフードを脱ぐ。


「お前は……!」


 だが、その名をすぐには口にできない。それほどの驚愕の中に、俺はあった。


「エルフですって……?」


 イキールもまた、俺とは別の理由で驚いているようだ。

 他の女達も、フードを脱ぐ。

 彼女達は全員、エルフだ。


「エルフ? エルフって、世界樹の森に住むっていう、あのエルフですか? あれって、おとぎ話の妖精なんじゃ……」


 エマの疑問はもっともだ。


「いいえ。エルフは実在するわ。一般には架空の存在ということになっているけどね。現に今、私の目の前にいる」


「た、たしかに……」


 光を帯びたような金の髪と、透き通る白い肌。そしてなにより、とんがった長い耳がエルフの特徴だ。

 だが俺はエルフに驚いているわけじゃない。

 驚愕の理由。それはリーダー格の女が、見知った顔だったこと。


「フィードリッド……!」


 アデライト先生の母親。前世界で冒険者を生業としていたエルフ。


「やはり、ワタシを知っているのだな」


「あ? お前だって俺のこと知ってるんじゃねぇのか」


「有名人だからな。ロートス・アルバレス小公爵。人呼んでボンクラ公子とは、デメテルで知らぬ者はおらん」


 まさかエルフにまでその通り名が伝わってるとは。


「いや……ワタシからはこう呼んだ方がいいのか?」


 フィードリッドは、不敵な笑みを浮かべ、次の言葉を紡ぐ。


「婿殿、と」


 俺が動いたのはほとんど反射だった。

 緩やかな時の中を疾駆し、フィードリッドへと猛進。周囲のエルフ達が反応するが、まったく間に合っていない。

 フィードリッドを押し倒し、ローブの胸倉を掴み上げる。


「どういうことだ……! 憶えてるのか……お前!」


「フフ。必死だな」


 正直、俺は苛立っていた。

 いや、これは苛立ちというより焦りか。

 もしかしたら、怒りかもしれない。


「ちょうどいい。このまま帰還する。目的は果たした」


「なに……?」


 直後、フィードリッドが転送魔法を発動。

 俺はその光に呑み込まれ、エルフ達の空間跳躍に巻き込まれた。


「まじか」


 気が付いた時には、俺は青々とした空の上にいた。

 飛翔するエンペラードラゴンの背中の上で、かわらずフィードリッドを押し倒している。

 そして、周囲のエルフ達のナイフが、いくつも俺の首や心臓などの急所に突きつけられていた。


「せっかちだな婿殿。それとも、そういった趣味の持ち主か?」


「ふざけてる場合じゃねえぞ。俺がその気になりゃ、ここにいる全員を突き落とすことだってできる」


「ハハハ。脅しのつもりか?」


「脅しで終わるかどうかは、お前次第だ」


 言いながら、俺はローブの上からフィードリッドのおっぱいを鷲掴みにする。


「あ、おいっ。なぜ胸を揉む!」


「知ったことか」


「知っているだろ! お前自身の行動だろう! こらっ、そんな乱暴に揉みしだくな!」


 フィードリッドのおっぱいはかなり控えめではあるが、相応の柔らかさはある。

 しかしながら、俺は別におっぱいを触りたくて触ったわけではない。おっぱいを触るという突拍子もない行動を起こすことで、場の主導権を引き寄せたのだ。


 俺も焦っている。手段は選んでいられないんだ。

 だから、決しておっぱいを触るのが目的ではなかったということだけは明言しておく。

 俺は至ってシリアスだ。


「まったく……記録の通りだな。こんな男を婿と認めていたとは、前のワタシはどうかしていたのか?」


「記録……? どういうことだ」


 俺の指が、ローブ越しに乳頭をこする。


「んっ! ちょ、ちょっと待て。先っぽはやめろ! いやそもそも、いい加減手を離せ!」


 フィードリッドに暴れられ、俺はようやくおっぱいから手を離した。


「おかしいぞお前っ。こんな状況でよくもっ」


「こんな状況だからだ」


「訳のわからんことを……」


 フィードリッドの物憂げな溜息。


「わかった。お前をコントロールしようとしたワタシが間違っていた。きちんと説明しよう」


「最初からそうしてればよかった」


「生意気を言うな」


 こんなことをしている間にも、エンペラードラゴンは凄まじい速度で飛翔している。

 すでに魔法学園からは遠く離れた地の空にやってきたはずだ。


「見えてきたな」


 フィードリッドが俺を押しのけて立ち上がる。

 彼女の目線の先には、天を衝いて伸びるあまりにも巨大な樹木がそびえていた。


「世界樹……」


「その通りだ。エルフが守りし世界の根幹。あの世界樹は、創世の遥か古よりこの地に根を下ろしている。あの場所が、ワタシたちの帰る場所だ」


 なるほど。

 世界樹を守るエルフの組織。

 〝ユグドラシル〟とは、よく言ったものだ。


「すべてはあの場所で話す。婿殿に教えられることは、そう多くないかもしれんがな」


 意味深な言い方だ。

 だが、行くしかない。


 俺のことを婿殿と呼ぶフィードリッドが、前世界の記憶を持っているのか。

 もしそうなら、他にも同じように記憶を持った者がいるのか。


 もしかしたら、俺の愛した女達も、あの世界樹のもとにいるかもしれない。

 そう考えると、気が逸って仕方なかった。


 潰えていた希望が、再び俺の中でくすぶりつつある。

 たった一人、前世界の記憶を持って生きるという孤独から、解放されるかもしれないのだから。

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