デメテルで最も美しい少女のうちのひとり
「美しい……どちらのご令嬢だろうか」
「あのような美しい女性は生まれてこの方見たことがない……!」
「まるで女神が現世に降臨したかのようだ……!」
そうだろうか?
エレノアも傾国傾城の美少女ではあったけど、イキールとはタイプが違うと思う。
「あの時のいけ好かない女じゃあないか」
ヒーモがむっとした表情になる。
「見てくれに騙されて本質を見抜けないとは、まったく愚かな連中ばかりだね」
「しゃーない。ここにいるのは十五、六そこらの子どもばっかだ」
「なんだロートス。キミはそうじゃないと言ってるように聞こえるが」
「気にすんな」
実際、精神だけで言えば五十年以上生きてることになるし。
「しかし、随分な人気だね」
ヒーモは気に入らない様子で、イキールの方を見ている。
その美貌に惹かれた男達が、こぞってイキールに話しかけていた。
「あの容姿じゃ納得だろ。おっぱいもでかいし」
「それだよロートス。吾輩が気に入らないのは。これ見よがしに谷間を強調するようなドレスを着るなんて、淑女の風上にも置けない」
「正装にも流行り廃りはある。俺からすれば、昨今の肩と胸元を露出するデザインには感謝すらしている」
「なんともキミらしい」
イキールに限らず、令嬢達のドレスのデザインは多かれ少なかれ肌を露出している、そうでなければ、逆に流行遅れだとバカにされる可能性もあるからだ。社交界ってのは、すこしでも隙を見せたらマウント取られるのが常ってことだな。
「お、おいロートス」
「ん?」
「こっちにくる」
「なに?」
見れば、会場の中央からこちらに歩いてくるイキールと目が合う。
あいつは群がる男どもを差し置いて、まっすぐこちらに向かってきた。
もちろん会場中の注目を伴って、だ。
イキールは俺の前に立つと、じっと俺を見上げ、貴族の令嬢らしい完璧な作法のカーテシーを行う。
「ごきげんよう小公爵さま。その節はお世話になりました」
「ああ。こちらこそ」
「この度は、小公爵さまと同じ年に入学できたことを嬉しく思いますわ。これからの学園生活に張りが生まれるというものです」
「……勤勉なことだ。感心する」
「ガウマンに生まれし者、常に貴族の模範たるべし。とは父の言です」
「なるほど。イキール嬢もさることながら、父君イヴァール殿は噂通りご立派な方のようだ」
周囲の新入生は、俺達が何を話しているか聞き耳を立てるので忙しいようだ。
ヒーモに至っては、俺とイキールを交互に見て目を丸くしている。
「お褒めのお言葉恐れ入りますわ。小公爵様におかれしましても、ぜひそのお力をデメテルの平和のためにお使い下さると、そう信じております」
「無論だ」
「……ところが、この学園には問題児も少なくないと聞きました」
そう言いながら、ヒーモを一瞥するイキール。
ヒーモはびくりと肩を震わせた。
「小公爵さまも、どうかお気を付け下さい」
「忠告に感謝する。しかと肝に銘じよう」
にこりと笑むイキール。なるほど。この微笑みは女神に譬えられても違和感がない。
「では、わたくしはこれで失礼いたします。よいお時間をお過ごしください」
イキールは再び一礼すると、大きく開いた背中を向けて立ち去っていった。
周囲からは、ひそひそと声が聞こえてくる。
「あれが、アルバレス公爵家唯一の汚点と呼ばれるロートス・アルバレスか……」
「ああ知ってるぜ。文武においてからっきしの、ボンクラ公子だろ?」
「しかも努力すらしないらしいよ? 無能かつ怠惰って、いいところ一つもないね」
ひどい言われ様だが、別に気にしない。
まぁ、聞こえないように小声で話している分まだマシだ。
俺が地獄耳でなかったら、聞こえてさえいなかっただろうからな。
「なぁロートス。なんだったんだ、一体」
ヒーモは訝しげな面持ちだった。
「ああ。帝都に来る途中、あいつとばったり出くわすことがあってな」
「そうなのかい?」
「特に何があったというわけでもないんだけどな」
「気を付けたまえよ。キミのことだから、顔と体が良いだけの女にころっといかされそうだよ」
「買いかぶりすぎだ」
「買いかぶってないよ。むしろ逆だよこの場合」
あっそ。
それはともかく、イキールの言いたいことは伝わった。
ペネトレーションの件は他言無用だと、改めて釘を刺しに来たんだろう。
それに加えて、問題児がいるという発言。あれは、この学園に〝ユグドラシル〟の手の者が潜伏しているという意味で間違いない。
事情を知る者として、一応報せに来てくれたのかな。
さて、今こちらを窺っている新入生達はたくさんいるが、その中にも〝ユグドラシル〟のメンバーがいるかもしれない。
世界の破滅を目論む秘密結社が俺に接触してくることもなくはないはずだ。なぜなら俺はボンクラ公子。おそらく与しやすいと考えられている。
逆に言えば、囮として有用だということだ。
それをわかっているから、イキールも俺に接触してきたのだろう。
「そういえばロートス。明日はもちろん吾輩とパーティを組んでくれるんだろうな?」
「パーティ? 何のことだ?」
「おいおい。まいったねこりゃ。とぼける気かい? 明日のクラス分け試験のこと、よもや知らぬわけではあるまい」
「……ああ。あったなそんなの」
学園内のセーフダンジョンに潜り、その成果によってクラスを分けるという、魔法学園恒例の行事だ。
サラと一緒に三つのダンジョンに入ったのを思い出す。あの時は、いかに目立たずに過ごすかで頭がいっぱいだったなぁ。
はぁ。
「どうした? ロートス、体調でも悪いのかい? 辛そうな顔をしているが」
「いいや。なんでもねぇ」
「それならいいが……」
「パーティの件だが、俺は一人でやるよ。お前はさっき一緒にいた奴らと組んでくれ」
「ええっ? しかし……」
「悪いな。公爵家の立場上、この段階で決まった奴らとつるむわけにはいかねーんだ。ま、高度な政治的判断ってやつだ」
「そういうことなら、無理にとは言わないが……しかし、いくらセーフダンジョンといっても、一人じゃ危険じゃあないか?」
「人の心配をする前に、自分の身を案じるんだな」
ヒーモの肩を叩く。
「俺はもう帰る。腹いっぱいだ」
「あ、ロートス。もうかい?」
さっきからたくさん視線を感じるんでな。
公爵家の跡取りともなれば仕方ないかもしれないが、必要以上に目立ちたくはない。
すこし、気になることもあるし。




