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金髪令嬢剣士

「イキール……?」


 そうか。どうりで見覚えがあるわけだ。

 この美少女イキールは、ティエスの『ドリーム・リキッド』によって性別を変えられた時と同じ姿なんだ。

 エレノアが世界を創り直した時、イキールは女になっていた。そのせいで、エレノアの世界では最初から女として生を受けたのだろう。

 このイキールは、スキルで性別を変えられた元男ではなく、生物学的にも精神的にも正真正銘の女ってことだ。


「ガウマン侯爵のご令嬢だったか」


 俺は冷静を装い、落ち着いた声で応対する。


「冴えわたる剣技も納得だな。父君のイヴァール・ガウマン侯爵は、稀代の才をお持ちと聞く。ご令嬢はその才を大いに受け継いでいるようだ」


「父は関係ないわ。私の剣は私自身の鍛錬によるものよ」


 イキールはあくまで不愛想だ。


「おいおい。キミは謙遜という言葉を知らないのかい? 呆れたものだね」


 やれやれと言わんばかりにヒーモが首を振った。


「ヒーモ・ダーメンズ。あなたの家系は男が立たず、嫁いできた女頼みだと聞いたわ。武力も政治も、すべて外戚の力によるものだと。歴代のダーメンズ子爵達には、貴族の男としてのプライドがないようね。恥ずかしくないのかしら」


「おい! キミは吾輩の先祖達を愚弄するつもりか!」


「気を悪くしたのなら謝るわ。なにせ、思ったことを率直に口にしてしまう性分でね」


 一切悪びれることなく、イキールはふんと鼻を鳴らした。


「私はもう帰還するから。ケムークは狩り尽くしたし、どういうわけかこの階層にはあんなのがうようよしてるからね。命がいくつあっても足りないわ。管理者は一体なにをしているのかしら」


 メテオ・オーガの死体を一瞥し、それから俺を睨みつける。

 公爵家の管轄だから、俺に責任があると言いたいのだろう。まったくその通りなので、何も言い返せない。


「ご令嬢を危険に晒してしまって申し訳ない。後日、正式にお詫びの品をお送りしよう」


「結構よ。あと、そのご令嬢っていうのやめてくれない? 鳥肌が立つわ」


 にべもない。

 イキールは腰のポーチから巻物を取り出すと、それを開いて魔力を込める。魔法のスクロールだ。あらかじめ設定しておいた魔法を、魔力を注ぐだけで発動できる簡易魔法陣の一種。

 スクロールから発した緑の光が、イキールの体を包んでいく。どうやらダンジョンから脱出するための転送魔法のようだ。


「じゃあね」


 最後に一瞥をくれて、イキールはその場から完全に消え去った。

 後には、メテオ・オーガの死体と静寂が残された。


「なんていけ好かない女だ!」


 ヒーモが鬱憤を吐き出す。


「大体なんだよあいつ! ロートスは公爵家の跡取り、小公爵だぞ! あんな態度、許されるはずがない!」


「まぁ落ち着け」


 あいつの言い分もわからなくはない。俺は世間ではボンクラと呼ばれているし、実際そうだ。生きる目的を失い、気力に乏しいからな。貴族らしい努力やはたらきはまさしく皆無なのだ。


「だが、一国の貴族としてあの態度は頂けないな。外面だけでも礼儀正しくしていればいいのに。あの性格じゃ生きづらいだろう」


「なんだよロートス。あんなことを言われて、むこうの心配をしているのか? キミという奴は、相変わらず女に甘いんだね」


「かもな。なにせあの娘、相当おっぱいが大きかったぞ」


 特注で作られたであろう胸当てが、非常に大きなRを描いていたからな。


「あのやり取りの中で、そんなところまで確認していたのかい。まったく……やれやれだよ」


 あの娘がイキールだと思えば複雑な気持ちであるが、実際この世界では紛れもなく女なのだ。十分に俺の守備範囲に入っている。


「なんにせよ。イキール嬢とは、縁ができた。魔法学園に入れば顔を合わせることもあるだろう。性格はともかく、剣士としてはすこぶる有能だ」


 あの剣の腕が役に立つこともあるかもしれない。


「縁というか、因縁だけどね」


「どっちでも構わないさ」


 さて。そんな話はともかく。


「ヒーモ。お前も戻れ」


「戻れって……キミはどうするんだい」


「イキール嬢が言ってたろ。この階層にメテオ・オーガが大量発生してるって。ちょっと調査してく」


「一人でか? バカを言うな。そんなのは騎士達に任せればいいじゃないか」


「もし本当にメテオ・オーガが大量発生しているなら、連れてきた騎士達じゃ足りない」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。話が全く読めない」


「読めなくてもいい。お前は戻って、騎士達にこのことを伝えてくれ。これ以上冒険者達が入ってくる前に『ジェネシス』のゲートを閉じるんだ」


 言いながら、俺は転送魔法を発動する。スクロールではなく、自分で魔法を構築した。


「お、おいロートス! まさか――」


「頼んだぞ」


「ちょ待――」


 緑色の光に包まれたヒーモは、言葉の途中で光と共に消え去った。今ごろダンジョンのゲートまで戻っている頃だろう。


 ふう。

 さてと。


「早速おでましか」


 俺が振り返ると、そこには数十を超えるメテオ・オーガの群れが、凄まじい殺気を放っていた。


「なるほどな。イキールが文句を言うのもわかる。一体どうなったらセーフダンジョンにこんな奴らが湧きまくるのか」


 『ジェネシス』になにやら異変が起きていることは明らかだ。


「さくっと調べて帰るとするか」


 俺は腰の剣に手をかける。

 その四半秒後には、メテオ・オーガの群れはすべて細かな肉片と化した。

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