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転換しとるやないかーい

「こいつは……!」


 俺達の前に立ちはだかったのは、巨大な人型モンスター。

 その身丈は見上げるほどで、頭が天井に届かんばかり。太い四肢と首、白い目玉、口角から覗く鋭利な牙。体色は濁った灰色で、全身の皮膚に分厚い血管が浮き出ている。


「まさか、メテオ・オーガか……! どうしてこんなところに!」


 ヒーモが慄くのも無理はない。

 ケムークとは比べ物にならない迫力。たった一匹で街一つ破壊するほどの凶暴さだ。デメテルでは危険指定種となっており、もしダンジョン外に出現した場合は十数人規模の討伐隊が編成されることになっている。

 間違っても、セーフダンジョンで湧くようなタマじゃない。


「ロートス逃げよう! 吾輩たちじゃ、こんな奴に勝てっこないよ!」


「いや待て」


「待たないって!」


「様子がおかしい。こいつ、かなり弱ってるぞ」


「え?」


 メテオ・オーガの呼吸は乱れており、かなり疲弊しているように見える。

 白い目玉で俺達を見下ろしているが、その視線はどこか弱々しかった。


「あ、たしかに。なんか辛そうだな」


 ヒーモが暢気な感想を漏らした瞬間。

 メテオ・オーガの影から、素早く跳び上がる少女が一人。

 剣を手に、軽やかに跳躍し、メテオ・オーガの頭上から一閃。

 その太ましい首を、一刀のもとに斬り飛ばしていた。


「なっ……!」


 ヒーモが驚愕する。

 まさに一瞬の出来事だった。

 首を失ったメテオ・オーガは、傷口から鉛色の血を噴出させ、力なく倒れた。


 そして、その死体の上に、軽快な身のこなしで着地する少女。

 肩のあたりで斬り揃えられた金髪。蒼穹の如き碧眼。純白の装束に白銀の防具を纏い、握った長剣は鋭く煌めいている。

 意志の強そうな瞳と陶磁器のような白い肌は、まさに絶世の美少女剣士といって差し支えない。短いスカートから伸びる太ももがやけに眩しかった。


「た、倒した? メテオ・オーガを……?」


 ヒーモが放心状態に陥っているが、それはどうでもいい。

 俺はメテオ・オーガの死体の上で凛と立つ少女に歩み寄り、その美貌を見上げた。


「見事な剣技だ。名を聞いてもいいか?」


 少女は覇気のある表情のまま、俺をじろりと見下ろす。その視線は、俺の鎧に刻まれた獅子の紋章に向いていた。


 ちょっと待て。

 この顔、見覚えがある。


「アルバレス公爵家の獅子心紋。そう……あんたがあの出来損ないの公子か」


 少女の第一声はあまりに辛辣だった。

 それに怒ったのはヒーモだ。


「おいキミ! 初対面の相手になんという言い草だ! それに、彼が公爵家の嫡男と知りながら、なんという無礼! 思っていても言わないのが礼儀じゃないのか!」


 微妙にフォローになっていないような気もするが、俺のために怒ってくれてるから特に文句はない。


「私は権力に媚を売るカス共とは違うわ。貴族の家に生まれた者として、高貴なる責務を果たさない者に敬意を払うつもりはない」


 いやはや。

 俺に対する世間の評判はそんなものだ。公爵家の跡取りでありながら、文武を怠り、社交界にも顔を出さない。無気力で怠惰なボンクラ公子。

 実際それは事実であるから、甘んじて受け入れているけどな。


「ごもっとも。だが貴族ならば家格が上の者には相応の礼を払うべきだ。それがデメテルの太陽であるヴィクトリア皇帝陛下のご意思でもある」


 努めて貴族らしく振る舞う俺に正論を突かれ、少女はむっとした。


「今一度問う。どちらの家門のご令嬢かな?」


 少女はしばらく黙って俺を睨んでいたが、ふと吐息を漏らすと、流れるような仕草で剣を鞘に納めた。

 チン、と金属の触れ合う音が響く。

 少女はメテオ・オーガの死体から飛び降りると、俺の前までやってきて、慇懃な一礼を見せた。


「ガウマン侯爵家が次女イキール・ガウマンが、公子様にご挨拶いたします」


 今度ばかりは、ヒーモよりも俺の方が驚くことになった。

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