原因はアレでしょうね
諸々の手続きを省略しゲートを通過した俺達は、順番待ちをする他の冒険者達に先んじて『ジェネシス』内部へと進入した。こういう時こそ公爵家の権力を利用させてもらうべきだ。
「ロートス。さっきまで干物みたいだったのに、一体どうしたんだい? あ、いいや待て。当てて見せよう」
「なんだ」
「キミのことだ。大方、かわいい娘がいたんだろう? それで、その娘のことをよく知りたいと思った。そう、例えば、胸の膨らみの様子とかね。どうかな?」
「お前は俺のことをよくわかってる。気持ち悪いくらいにな」
「はは! そうだろう! 吾輩は友を大切に思う男だ! キミの嗜好はよく理解しているつもりだよ」
「正確にはかわいいかもしれない娘だ」
「顔を見ていないのかい?」
「ああ。けどな、あの後ろ姿は絶対に美少女だ。細身なのに女らしい肉付きだったし、なによりふとももが眩しかった」
「はは! 相変わらず女のこととなるとキモいねロートスは!」
「うっせ」
和気あいあいとした雰囲気の中、俺達はダンジョンを進んでいく。
『ジェネシス』の中はシンプルな構造になっており、白い壁と高い天井に囲まれた、まさに塔内部といった感じだ。
原則、ダンジョン内部は外界とは隔絶されている。だから、『ジェネシス』の外観が塔だからといって、内部も塔だとは限らない。山岳地帯や、海の中という可能性だってある。こういった差が小さいのも、ここがセーフダンジョンである所以だろう。
「ロートス! 見ろ!」
三階層ほど上に登ったところで、ヒーモが声をあげた。
伸びた人指し指の先には、毛むくじゃらのバランスボールみたいなモンスターが三匹、ころころと床を転がっていた。回廊を散歩でもしているのだろう。
「あれがケムークか!」
ヒーモは何故か嬉しそうだ。
なるほど、あれがさっき説明を受けたケムークか。見るからに弱そうなモンスターだ。捕食者に狩られる為に生まれてきたとした思えない。
「よーし見ていなよロートス。吾輩の初陣だ! 華麗に仕留めてみせるさ!」
「頑張れ」
ヒーモはダーメンズ家の家門が縫いつけられた青いローブをはためかせ、ケムークへと駈け出していった。
俺達の存在に気が付いたケムーク達は、我先にと逃げ出そうとするが、その動きは遅く、俺達が小走りするくらいの速度しか出ていない。
「ハハッ! このヒーモ・ダーメンズに恐れをなしたか! だが逃がすわけがないよ!」
ヒーモの右手に魔力が集まっていく。
「フレイムボルト!」
集束した魔力は炎の短矢となって発射された。その速度は時速百キロメートルほどに相当するだろう。ケムーク程度のモンスターならば、着弾の衝撃だけで絶命するはずだ。
だが。
「あ」
ヒーモが放ったフレイムボルトは、あらぬ方向へと飛んでいき、天井に命中。炎を散らし爆ぜた。
爆発の威力はそれなりに大きく、粉砕された石材があたりに膨らむように広がった。
俺はマントで顔を覆う。
「は、外してしまった。この吾輩が」
粉塵によって視界は遮られる。粉塵が晴れる頃には、回廊のどこにもケムークの姿は見えなくなっていた。
「威力は良かった」
「気休めを言わないでくれっ。当たらなければ意味がない……」
ヒーモは見るからに落胆している。
「射撃練習じゃ、領内一の命中率だったのに……!」
「実戦と訓練は違う。肩に力が入りすぎだ、ヒーモ」
「キ、キミだって今回が初めてのダンジョンアタックじゃないか」
今回の人生ではな。
「さ、次に行くぞ。階層が上がればモンスターも増える。討伐のチャンスもな」
「ま、待ってくれロートス!」
次の階層を目指して歩き出した俺を、ヒーモが慌てて追いかけてくる。
そうやっていくつか階層を上がりながら、ヒーモは一匹、また一匹とケムークを討伐していった。
「ようやく慣れてきたぞ。吾輩にかかれば、ざっとこんなものだよ。ハッハ! どうだロートス! 吾輩の魔法の才は!」
「悪くない。でもちょっと大味だな」
「え?」
「魔法を生み出した際の魔力の密度が低いんだ。だから魔力のロスが大きい。それなのに必要以上に威力を出そうとして、更に燃費が悪くなってる。お前、残りの魔力どんくらいだ?」
「それは……」
「調子に乗って乱発したから、もう底をつきかけてる。違うか?」
「それはそうだが……いや違うぞ! 吾輩の魔力が残り少ないのは、キミが何もせず後ろで突っ立っていたせいだろう!」
「お前がスタンドプレーで何も考えず前に出るから、俺はやることがないんだ」
「ムムム。それなら次はキミがケムークを狩りたまえ」
「いいけど」
正直、ケムークなんか狩ってる場合じゃない。俺は早くあのパツキン美少女を見つけないといけないんだ。
「この階のケムークはあらかた狩っただろう。奥に進むぞ」
「吾輩にご高説を垂れたんだ。相応の実力は見せてもらうよ」
「俺は公爵家で、お前は子爵家だ。高説を垂れるのは当然だろ?」
「こんな時だけ家格を持ち出すんじゃない」
相変わらずの軽口を叩きながら、俺達はずんずんと進んでいった。
だが、上っても上っても、それ以上ケムークは出てこない。
「おかしい。いくらなんでも静かすぎるぞ」
「吾輩もそう思う。セーフダンジョンだから、モンスターが少ないとかあるのかい?」
「あるかもしれないが、まったくいないなんてことはない。ダンジョンは自然界の魔力が結晶化して形成される。だから、その魔力をもとにモンスターは半永久的に湧いてくるはずだ。ダンジョンを維持する魔力の核がある限りはな」
「じゃあ、どうしてこうもケムークがいないのか」
「考えられるとすれば……誰かが、直前に狩り尽くしたか」
「ええ? そんなことが」
喋りながら、俺達は次の階層に到達する。
そして、答えを見た。




