新時代の黎明。英雄の目覚め。
広い部屋。
豪奢な家具。
天井には煌びやかなシャンデリアがぶら下がっている。
大きな窓の外には広大な庭園が広がっており、我が家門の凄まじい権勢を感じさせた。
部屋の外には多くの若いメイドが控えており、呼べばいつでも即座に仕事を命じることができる。
世界最大の国家であるデメテルにおいて、今や飛ぶ鳥を落とす勢いを誇るアルバレス公爵家。
その栄えある跡継ぎがこの俺。
ロートス・アルバレスだ。
「はぁ……」
ベッドの上で、天井に溜息を吐く。
どんなに恵まれた環境も、溢れる富も名声も、約束された未来も、今の俺には何の価値も感じられない。生きる目的を失ってしまえば、あらゆる物事は仮初の意味しか持ちえないからだ。
だから俺はこうやって、ベッドの上で仰向けになって天蓋と向き合っている。
一日のほとんどはこんな感じだ。以前のせわしなく動き続けていた俺からは考えられないくらいの怠惰な毎日だった。
窓から差し込む早朝の陽光に眉を顰めたのとほぼ同時に、部屋にノックの音が響いた。
「坊ちゃま。起きておられますか」
俺は答えない。答えるのも面倒だ。
「起きていますね。では失礼します」
何も答えなかったのに、さも当然のように部屋の扉が開かれる。
入ってきたのは二十歳そこそこくらいの侍女だ。名はシエラ・グレーデン。俺の身の回りの世話をする召使い達のまとめ役であり、彼女自身も子爵家の令嬢である。
フリルのついた黄色いワンピースを身に纏い、背筋を伸ばして歩み寄ってきたシエラは、ぼうっと天蓋を仰ぐを俺を見て嘆息した。
「やっぱり起きていらっしゃるじゃないですか。いつものことながら、返事くらいしてください」
「……ああ。そうだな、悪い」
呟いた俺を尻目に、衣装室に入っていくシエラ。
「ご友人がお見えです。今日はダンジョンに赴かれるのでしょう? 支度をしなくては」
「わかった」
俺はシエラに言われるがまま、身支度を整える。
公爵家の紋章が刻まれた軽装鎧に身に着け、腰には剣を下げる。深紅のマントにはやはりアルバレス公爵家のシンボルである獅子の紋章が刺繍として施されていた。
「勇ましいお姿です、坊ちゃま」
シエラのお世辞には答えず、俺は具足の位置を微調整する。
「あいつはどこに?」
「エントランスでお待ちです」
「こんな朝っぱらから……気の早い奴だ」
「それだけ楽しみにされていたのでしょう。坊ちゃまが先んじて十六歳になられてから、ずっと抜け駆けするなと仰っていたくらいですし」
「ダンジョンくらいで大袈裟だ。言われなくても行きゃしねーっての」
「親友と一緒にダンジョンデビューをする。あのお方にとっては、それがなにより大切なことなのでしょう」
「……ふん」
俺はシエラを伴って屋敷のエントランスへ向かう。部屋から玄関まで向かうのに、数分も歩かなければならなかったが、国内一の貴族であるアルバレス公爵家の屋敷なのだから、こんなものなのだろう。
「おお! ようやく来たな!」
エントランスに辿り着いた俺を見つけ、嬉々として声をあげる白髪痩身の少年。
「待ちわびたぞロートス! まったくキミというやつは……デメテル広しといえども、吾輩を焦らすことにかけては右に出る者はいないな!」
ダーメンズ子爵家の嫡男ヒーモ・ダーメンズが、屈託ない満面の笑みで右手をぶんぶん振っていた。




