第四部完
「しまった」
口をついて出た感想がそれだ。
これを防ぐために必死に戦ってたってのに、すべてが水の泡になっちまった。
マーテリアの下半身が光の粒子と化し、エレノアに流れ込んでいく。凄まじい神性が、一つになろうとしている。
「ああ……これで、やっと……」
エレノアが三対の翼を大きくひろげ、ゆっくり空へと浮かんでいく。
「ロートス! なにぼうっとしておる! 斬るのじゃ!」
「あ、ああ!」
呆けている暇はない。
俺は剣を握り締め、エレノアへと跳躍。その神性を断ち切るべく剣を振るう。
「うおお!」
だが。
俺の剣が届く前に、すべては眩い光に埋め尽くされる。
最後の瞬間。
エレノアの安らかな微笑みが向けられていた。
俺はもう、何も言葉にすることができなかった。
すべてが無に帰する。
本当に一瞬の出来事だった。
世界は一切の時を経ずに凝縮し、分裂し、結合し、また溶けあい、完全なる無垢へと変質していく。
俺は、光で埋め尽くされた概念の中で、ただ意識のみを維持するだけで精一杯だった。
〈聞こえる?〉
響く声。
生命を震わせる音声。
エレノアのものだ。
〈この世界はもうすぐ生まれ変わる〉
今の俺に視覚があるとすれば、目の前には原初の女神となったエレノアの姿が見えていることだろう。
だが、もはや概念でしか認識することができない。
〈安心してロートス。あなたにとって悪いようにはならない〉
エレノアの言葉は、どこまでも柔らかい。まるで微笑んでいるかのように。
〈これからあなたが生きる世界は、現代日本でも、スキルに支配された異世界でもない。あたしという女神に見守られた、平穏で、スリリングな、ロマンに満ち溢れた世界〉
何を言っているんだ。
一体、なにを。
〈あなたも生まれ変わるのよ〉
バカな。
やっぱりエレノアは、世界をリセットするつもりなんだ。
今までの世界を破壊し、すべてを創り直すなんて。
そんなこと、受け入れられるわけがない。
〈あたしの加護を得て、新たな異世界に転生するの〉
それが、エレノアの目的だったってのか。
どうして俺を、新しい世界に転生させるのか。
まったく意味がわからない。
〈あたしにはわかる。あなたは何物にも縛られない強さを持った人。あたしがあたしである以上、望みは叶わない〉
光が濃くなっていく。
明確に、世界が創り変えられている。
その事実を、どうしようもなく現実味を帯びた実感として、俺の生命が覚知している。
〈けど、世界のすべてがあたしだったなら、あなたが誰と共にいようと、同じことだから〉
保っていた俺の意識が、ついに途切れようとしている。
〈いってらっしゃいロートス。温かさと、歓喜に満ちた新たな世界へ〉
そこで、エレノアの声は聞こえなくなった。
俺が必死に生きて守ろうとした世界は、あっけなく取り返しのつかない終焉を迎えた。
決して覆ることのない、確固たる結末であった。




