母なる大地を
しかし、歩けど歩けど何かの気配を感じることはない。
三十分ほど歩いたところで、アイリスがふと立ち止まった。
「妙ですわね」
「ああ」
不自然なほどに静かだ。静かすぎる。
「ダンジョンなら、モンスターが湧いているはずっす。これだけ歩いて出会わないとなると……」
「強敵がいる」
ウィッキーが言いにくそうにした言葉を、セレンが代わりに口にした。
「モンスターが少ないってことは、それだけ強さが一個体に集中してるってことだよな。アイリスの時みたいに」
「仰る通り。しかし、ここは神の山。わたくしがいた強欲の森とは発生するモンスターの強さも比べ物にならないはずですわ」
「やばい奴がいるのか」
「おそらく」
「俺達の任務は聖域までの安全確保だ。見つけ出して倒すしかない」
「神の山は広い。それにダンジョン化までしてる。この広い空間で、一体のモンスターを探すのは大変」
セレンの言うことはもっともだ。
とはいえ、大変ってだけで無理ではない。
「視界が悪くて、隠れる場所が多い。それがきついんだろ? だったら、この森を更地にしちまえばいい」
「更地に?」
「ああ。ウィッキー。この前ネオ・コルトと戦った時、アイリスにかけた強化魔法があっただろ?」
「アルバ・アムレートのことっすね」
「それそれ。それで俺を強化してくれないか?」
「いいっすけど……どうするんすか?」
「パンチするんだよ」
「パンチ? よくわかんないっすけど、やってみるっすね」
ウィッキーが右手を持ち上げる。空に向けられた掌から、淡い光が漏れ始めた。
その光は、青白い無数の粒子となって俺の周囲に纏わりついた。
「アルバ・アムレート」
ウィッキーが唱えた瞬間、俺の全身に凄まじいエネルギーがみなぎった。
「これは……」
ウィッキーの魔力が指先にまで浸透している。魔力が俺の肉体を活性化させているのか。いや、肉体だけじゃなく、俺という存在そのものを活性化させているんだ。
「すごい」
「やっぱそうっすよね? ウチってすごいっすよね?」
「すごい」
アデライト先生から根源粒子の研究データを受け取ったって言ってたけど、それをもとにこんな魔法を創り出すウィッキーは、本当に魔法の才がある。
アルバ・アムレートで強化された俺は、しっかりと拳を握り締める。
「ロートス。何する気?」
「まぁ、見てなって」
首を傾げるセレンに背を向けて、俺は拳を引いた。
「この森を、消し去る」
拳で。
「おりゃあっ!」
俺は足元の地面に、渾身のパンチを打ち下ろした。




