正体
〈なんだ。そのていどか〉
ファルトゥールは悠然と歩いてくる。
くそ。
憎たらしい奴だ。
「この空間は奴のテリトリーじゃ。おぬしの〈妙なる祈り〉が制限されておる。まともにやり合っても勝てぬぞ」
「だったらどうする?」
「頼むべきはその剣じゃ。ようわからんが、その剣は霧の影響を受けておらん。わらわの気を乗せている分、さらに威力は増しておるじゃろう」
「この剣なら、あいつを倒せるってことか」
「そうじゃ」
「分かりやすくていい」
「問題は、どうやって一撃を叩き込むかじゃ」
「そんなの、当たるまで攻め続けるだけだろ」
「だからおぬしは脳筋じゃというんじゃ」
「他に方法が?」
「ないのじゃ」
「ほらな」
援軍が欲しいところだが、それは叶わないだろう。
ネオ・コルトとの戦いに戦力のほとんどが投入されているし、仮に余っていたとしてもこの霧の中に入ることはできないだろうから。
〈作戦会議は終わったか? なら、今度はこちらから仕掛けるぞ〉
歩く挙動はそのままに、ファルトゥールはにわかにスピードを上げた。
俺は直感だけで防御する。
その瞬間、俺は強かに弾き飛ばされた。
「うおぉお!」
反応できたのはほとんど僥倖だった。僅かながら〈妙なる祈り〉を行使できたからこその結果だ。
俺は体勢を立て直して、剣を構える。
アカネが、光る手刀を駆使してファルトゥールと激しい剣戟を繰り広げていた。
その速度たるや凄まじく、一秒間に数千回の打ち合いを演じている。
正面から一歩も退かずに打ち合うアカネの戦闘力はやばすぎるが、それでもすこし劣勢だった。
「すぐ行く!」
俺は音を置き去りにして臨天の間を駆け、ファルトゥールの背中に斬撃を放つ。
死角からの奇襲だったが、ノールックで迎撃されてしまう。
「まじかっ」
追撃で放たれた大鎌の横薙ぎをリンボーダンスの要領で回避する。すかさずバックステップ。
距離を取った俺の隣に、跳躍していたアカネが着地する。
「なんだあいつ。強くないか? かなり」
「わかっておったことじゃろう。彼奴は神なのじゃ。もとより楽な戦いになるとは思うとらん」
「覚悟を決める時ってことか」
俺は、自分の持つ力の全てを剣に集中させる。
魔力、瘴気、〈妙なる祈り〉。
最大限の威力を、剣に込める。
「ほう。これはたまげたのじゃ」
アカネが心底感心したように言った。
「異なる性質のエネルギーを上手く混ぜ合わせておる。見事なものじゃ」
「だろ?」
自分でもそう思う。
長く辛い戦いの中で習得した力だ。体を鍛え、魔法を習い、瘴気に侵されながらそれを克服して、〈妙なる祈り〉を取り戻した。
「女神を滅して、人の未来を取り戻す」
今の俺はスキルこそ持たない『無職』だが、もはや職業なんか意味をなさない。
俺は、最強なんだ。
〈は〉
ファルトゥールが吐息を漏らす。
〈あははははははははっ!〉
それはすぐに哄笑へと変わった。
「なに笑ってやがる」
〈これが笑わずにいられるか! 茶番にもほどがある!〉
「なに?」
〈貴様は、自分が何者なのかも理解していない! あまりにも愚か! 愚鈍の極み!〉
「どういうことだ!」
〈わからんか! 〈座〉に至り、あまつさえ女神の業を司っておきながら!〉
ファルトゥールは宣告する。
〈貴様はすでに人ではない! 神なのだよ! 我と同じくな!〉
ありえない。
そんなことは。




