クリスタルホルム症候群
「エレノア?」
昼の暖かな陽光の下、エレノアは小鳥のように首を傾げる。
「なに? どうしたの?」
「いや……」
俺はさぞかし間抜けな顔を晒しているだろう。
まったく状況が呑み込めない。
「教会に行くんでしょう? まさか、道に迷ったなんてことはないわよね?」
「あ、ああ。そうだった……」
「これから鑑定の儀なんでしょ? いいスキルが貰えるといいわね」
「鑑定の儀? スキル? ちょっと待ってくれ……」
俺は頭を抱える。
「どうしたの? ロートス、あなた今日なんかおかしいわよ」
たしかに、頭がおかしくなりそうだ。
「あ、それともなに? やっぱりあたしに来てほしくなった?」
いたずらっぽい笑みを浮かべるエレノア。
「でも残念。マホさんと魔法の訓練があるから行ってあげられないの。でも、終わったら真っ先に教えに来てよね。じゃあ、頑張って!」
エレノアは俺の肩を叩くと、小走りで去ってしまった。
その後、俺はしばらく思考停止していた。
ふと、近くの池を見つけ、歩み寄る。水面に映っているのは、十三歳の頃の俺。二年前のロートス・アルバレスだ。
「どういうことだよ」
過去に戻ったってことか?
待て。俺は今まで何をしていた。記憶が曖昧だ。
たしか、霧のトンネルを抜けて、ここに辿り着いた。
そうだ霧だ。ファルトゥールの奴が、この場所を濃霧で包んでしまった。
「ファルトゥールって誰だっけ?」
おいおい何を言ってるんだ。ファルトゥールは女神の名前だろ。俺が倒すべき敵だ。
村を見渡す。
どこからどう見ても、のどかなアインアッカ村だ。俺がこの世界で生まれて、十三年間を過ごした故郷。
今日は俺の十三歳の誕生日。
教会に行って、スキルを授かるために鑑定を儀を受けるんだ。
村のみんなも来てくれる。待たせるわけにはいかない。
「急ぐか」
俺の足は、自然と村の教会へ向かう。
村の中心に佇む質素な教会には、すでに多くの村人が集まっていた。俺の誕生日を祝うのはついでで、どんなスキルを授かるか興味があるのだろう。誰の時も大体そうだ。
正直なところ、俺も自分がどんなスキルを貰えるのか非常に気になるところである。エレノアの『無限の魔力』のような超絶神スキルだったら、目立ってしまうから嫌だなぁ。とはいえ、前みたいに最弱劣等職の『無職』になるなんてのは御免だ。
「ん? 『無職』って? なんで俺はそんなこと」
おかしい。前みたいに、ってなんだ。
いやいや、分かってるはずだ。俺は二年前、鑑定の儀で数え切れないほどのクソスキルを授かり、無事『無職』になった。
「あ? どうなってんだ、こりゃ」
意味不明だ。
記憶が混濁している。
「おーいロートス。なにやってんだよ。早くこっちにこいよ!」
教会の入口でカマセイが呼んでいる。
「ああ! いま行く!」
友人を待たせちゃ申し訳ないからな。
俺は急いで、手招きするカマセイの許へ向かう。
「ほらこっちだ」
カマセイはいつものように――いつものように?――ハイタッチを求めてくる。
俺はそれに応えて、カマセイの上げた黒い右手をぱちんと叩いた。
そして、カマセイの腕の黒い部分が、指先から二の腕まで土くれのようにぼろりと崩れ落ちた。
「おっと。腕が落ちちまった。はは。まあいいか。早く中に入れよ」
「ああ。そうだな」
俺達は連れだって、教会へと足を踏み入れる。




