終焉の序曲
まじかよ。俺は慄然としたね。
いや、この展開は予想できたのかもしれない。エレノアはアイリスをライバル視している節がある。どうしてそんなことになるのかちょっとしか分からないが、まぁエレノアにもプライドというものがあるのだろう。
「おい。貴族の決闘に平民が出しゃばるんじゃない。この諍いに、キミはなんの関係もないだろう」
イキールがもっともなことを口にする。
「いいえ、イキール君。あなたとダーメンズ家との間に確執があるのと同じように、私とアイリスにもそれなりの事情っていうものがあるのよ。向こうが彼女を代理に立てるなら、私がガウマン家の代理人になってもいいはずよ」
「なにをバカな」
エレノアの言うことはほとんど暴論だが、その場の勢いがある。イキールは押され気味だ。
「坊ちゃま。ここはこのお嬢さんの申し出を受けるのがよろしいかと」
「リッター? お前まで何を言い出すんだ」
意外な事に、エレノアへの助け船はイキールの従者から発せられた。
「ダーメンズ家が女性を代理としたのは、おそらく策の内でしょう。このまま坊ちゃまが決闘を行えば、たとえ勝利したところで世間の評価は得られませぬ。かよわき女性を決闘で打ち倒したとの印象は避けられないのです」
「……たしかにな。しかしだからといってこちらも女を代理に立てるのはどうなんだ。それこそ世の物笑いじゃないか」
「決してそのような事はありませぬ」
そしてリッターは、イキールに耳打ちをする。
むむ。ここで話を聞き逃すのはまずい気がする。
俺はクソスキルを発動する。
クソスキル『限られた深き地獄の耳朶』。このスキルは条件付きで限定的に聴覚を強化するスキルである。音を放つ対象が見えていて、なおかつその対象の名前を知っていれば、対象が発する音のみよく聞き取ることができる。まさに今この時の為にあるようなスキルだな。
「こうするがよろしいでしょう。そもそもこの決闘の発端は、あのロートスという同級生の存在です。この決闘は、彼を取り合う女性二人の争いであると世間に喧伝するのです。そしてガウマン家とダーメンズ家は、その決闘の立ち合い人に過ぎないと」
なんだと? やめろ。それは非常に俺がとばっちりだ。
「……なるほど」
イキールはふむと息を吐く。
嫌な予感がする。
「いいだろう」
イキールは握っていた剣をリッターに返した。おい、まさか。
「アインアッカ村の、エレノアだったか」
「ええ」
「この決闘、キミを代理に立てよう。そうでもしないと、引き下がる気もなさそうだ」
「当然ね。感謝するわ」
俺は頭を抱えた。
転生者としての勘が告げている。これは後から死ぬほど面倒くさくなるやつだと。
そして、輪の中心でエレノアとアイリスが対峙することとなった。
「また会ったわねアイリス」
「はい」
「さっきまであなたの名前を探していたわ。どこのクラスになったのか。クラス対抗戦のこともあるからね」
エレノアは発育途上の胸を押さえ、決意に満ちた瞳でアイリスを見据える。
「でも、別に来月まで待つ必要もなくなったわね。これは、天が与えてくれた絶好の機会よ。こんなに早くあなたと戦えることを、女神ファルトゥールに感謝するわ」
相変わらずアイリスはのほほんとした表情だ。エレノアとの温度差がすごい。
にわかに雨が激しくなる。ひとたび、突風が吹いた。
「ご主人様」
「ああ……こいつは荒れるぜ……」
入学三日目にして、かなりの大事件が起こっているんだからな。




