決闘じみた死闘
往古、この世界の中心だった古代人は、亜人と共存して平和な社会を築いていた。女神を崇拝する古代人は、それぞれが強力な権能を持ち、世界の調停者としての使命を果たしていた。
だがある時、その平穏はにわかに破られる。
亜人の一種族であったノーム。現代で言うところの人間が、意志の力をもって国家を建設し、排他的、あるいは支配的な思想のもとに他種族を攻撃し始めた。
古代人とノームとの戦争が始まり、それは実質的に女神マーテリアと女神ファルトゥールとの代理戦争でもあった。
戦争はノームの優勢に進み、後がなくなった古代人たちはマーテリアを核に最高神エストを創造した。そうして辛うじてノームの増長を抑えたものの、結局古代人は少数を残して滅ぶことになる。残った少数が、神族と呼ばれ、神族会議を続けていたが、それも二年前に壊滅した。
この時代に残っている古代人は、俺が知る限りで数人。当時からの生き残りであり、女神の意志を継ぐ存在ともなれば、アンただ一人だろう。
こいつは最後の一人になっても、古代人としての矜持を保ち、女神に仕えて世界の安定を取り戻そうとしている。
悲壮なまでの決意。
燃え滾る使命感と、曇りなき信仰心。
途轍もない執念。
それは純粋に、尊敬に値する。
「生きとし生ける者が、女神の加護のもと、幸福に暮らせる世界を。あーしはそれを実現する。なんとしても、何を犠牲にしても!」
アンの全身から迸る漆黒の瘴気が、彼女の背に一対の翼を形成していく。
「あーしは魔王アンヘル・カイド……! 愚かなノームを排し、偽神エストを滅ぼして、新たなる世界を再生する使命があるのです!」
魔王が大地を踏みしめる。
「うお――」
瞬きをする暇もなかった。
魔王の手に握られた漆黒の刀が、俺の首筋を掠めていく。辛うじて回避できたのは僥倖以外の何物でもない。
「まじかよ……!」
この俺が反応するだけで精一杯だと?
他でもなく〈妙なる祈り〉を取り戻したこの俺が?
「こいつっ……!」
柄にもなく焦ってしまった俺に向けて、刹那にして幾万もの斬撃が浴びせられる。
魔王の剣捌き。それは人知を超え、世の道理を外れ、神の領域に達している。
冗談抜きで、半端ない。
一体どういうことだ。マーテリアの神性は間違いなく吹っ飛ばしたはずなのに。
全身を細切れにされるかのような斬撃を、俺はなんとか躱し、いなし、防ぎ、止め、弾き、凌ぐ。
防戦一方とはまさにこのことだ。
実力云々というより、精神的な混乱が俺の余裕を奪っている。想定外の事態というのは、いつだってびっくりするもんだ。
だが。
「俺だって、ここで負けるわけにはいかねーんだよ……!」




