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おばけ

 ヘリオスの剣は、確かに魔王の胸を貫いている。

 これは確実に致命傷を与えているに違いない。


「なにっ……?」


 だが、最も手応えを感じているはずのヘリオスは、戸惑いの声を発した。

 魔王の黒い瞳がまったく死んでおらず、鋭い輝きをもってヘリオスを捉えていたからだ。 


「あーしは既に人の理を超越しています。尋常な方法で倒せるとお思いですか」


「このッ!」


 ヘリオスは魔王に刺さった剣を抜こうとするが、それは叶わない。

 魔王の体から迸った瘴気の波動が、漆黒の球体となって二人を包み込んだ。


「ヘリオス!」


「あれは……!」


 俺とエレノアはほぼ同時に叫ぶ。


「まずい気がするわ」


 エレノアがフラーシュ・セイフを球体に撃ち込むが、やはり相殺されてしまう。

 俺がサーベルで斬りつけてみても、固すぎて話にならなかった。


「ノイエ離れて!」


 漆黒の球体が力強く脈打った。

 球体が発するエネルギーの波動を辛うじて防ぐことができたのは、エレノアの声で半ば反射的に飛びのいたおかげだった。


「くっ……!」


 黒い波動に触れた部分が焼けるように痛む。瘴気を克服した俺ですらこのダメージだと。

 これをモロに食らったヘリオスは、一体どうなった。


「そんな……」


 球体がゆっくりと溶けていく。

 魔王に掴まれたヘリオスは、既に意識はなく、ボロボロだった。白目を剥いて、全身から赤い体液を噴き出し、辛うじて人体としての原型を留めている。


「他愛ない。これが武名を轟かせたグランオーリスの王か」


 魔王はヘリオスを突き飛ばす。

 なんの抵抗もなく落下していくヘリオス。もはや生き残る望みがないことは誰の目にも明らかだった。


「さぁ。次はあなた方の番です」


 魔王が俺達に向き直る。

 あの球体に包まれたからだろうか。魔王に傷はなく、まったく万全の状態に戻っていた。


「ノイエ」


 エレノアの声色には緊迫感があった。


「あなたは離脱して。地上のみんなを助けてあげて。ここはあたしがなんとかするわ」


「え?」


「魔王アンヘル・カイド……思ったよりもずっと厄介よ。あたしもなりふり構っていられない。ここからは神々の戦い。聖女の力を解放すれば、きっとあなたを巻き込んじゃうわ」


 何を言っているんだ。

 いとも容易くヘリオスを倒した魔王を相手に、たった一人で立ち向かうなんて。

 離脱を躊躇う俺に、エレノアは優しく微笑む。


「優しいのね。でも大丈夫。あたしが本気になれば、あんな奴どうってことないわ。お茶の子さいさいよ」


 そう言うエレノアの瞳は、強い覚悟を湛えていた。

 嫌な予感がする。ここでエレノアを一人にしてしまったら、取り返しのつかないことになるかもしれないんじゃないか、という漠然とした感覚がある。

 だから。


「逃げるつもりはない」


 俺はサーベルを握り締め、魔王へと突っ込む。


「ノイエ!」


 ここで退けるもんかよ。

 マーテリアは、俺にとっても不倶戴天の敵だ。そしてエストの根源でもある。つまり、人の運命を縛り付けている元凶だ。

 そいつがいま目の前にいて、倒せるかもしれないってのに、退けるわけがない。

 もったいないだろ。そんなこと。

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