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無慈悲なる腹パン

「フラーシュ・セイフ!」


 エレノアを囲うように浮かび上がったいくつもの光剣が、残光を描いて魔王へと飛翔する。

 エレノアが操る光の剣は、瘴気に対して特攻を持つ。いくら魔王でも無視はできない。

 案の定、ヘリオスに向いていた魔王の意識が、フラーシュ・セイフへと移る。


「エンディオーネの眷属。憐れなり」


 肉薄していたヘリオスを弾き飛ばした魔王は、その手中に瘴気を練り上げる。漆黒に染まった右手を一振りすると、キラキラと光る黒い粒子が広がり、機雷のようになって光剣を捉えて爆散させた。

 瘴気の奔流が爆発に乗って広がる。


「あれは……」


 相殺しているのか。

 聖女の光が瘴気に対して特攻を持つのと同時に、瘴気もまた聖女の力に特攻を持っている。

 そりゃそうか。どちらも女神の力なんだから、どっちかが一方的に強いなんてことはないってわけだ。


「だったら」


 フラーシュ・セイフに紛れて魔王へと接近していた俺は、魔王の死角から疾風の斬撃を放つ。『ものすごい光』によって強化した攻撃だ。威力は申し分ない。


「無駄です」


 当然の如く、瘴気の壁によって阻まれる。


「あなた方が最高神エストから授かったと、ありがたがって使用しているスキルは、そもそもが女神マーテリアの御業。その神性をもれなく受け継いだあーしに、そんな力が通じるとお思いですか」


「思ってないって!」


 スキルによる攻撃が防がれることは想定済みだ。だから俺は、剣を持ってない左手で、魔王の顔面にパンチを放つ。


「シュッ」


 衝撃と共に、鈍い音が鳴った。

 意表をつかれたのだろう。魔王が大きくのけ反る。


「なっ――」


「隙あり」


 間髪入れず、俺はスキルを消して剣を振るう。

 咄嗟に回避しようとした魔王の左腕を、綺麗に斬り落としてやった。


「このっ……一体なにをっ――」


「ただのパンチと、ただの斬撃。それ以外の何物でもない」


 信じられない、といった表情の魔王。いい顔だ。

 実際ありえないと感じているだろう。

 単なる物理的な攻撃だとしても、瘴気の壁はことごとくを防ぐはずだ。けど、俺に関してはその限りではない。

 なぜなら俺は、世界でただ一人、瘴気を克服した人間だからだ。


「驚け」


 魔王の細い胴体に、渾身の腹パンをぶち込む。


「ウッ――」


 悶絶の表情で吹き飛んだ魔王を、ヘリオスとエレノアが追撃する。

 俺の攻撃は当たるし、効く。しかし致命傷には至らない。俺の役割は、致命の一撃を叩き込む隙を作ること。つまりは牽制だ。


「消え去れ! 魔王ッ!」


 ヘリオスが蒼白い光を引いて、ほぼ体当たりのような刺突を繰り出す。

 意志の力、すなわち多少なりとも〈妙なる祈り〉に近いエネルギーを纏った剣が、魔王の胸元を貫いた。

 一瞬間、静寂が訪れる。


「やったか!」

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