テンフ、死す
「残念だが……無駄だ。魔王の瘴気は一際濃い。それによって与えられた傷は、あらゆる医療魔法を拒むだろう。意志の力をもってしても、それは変わるまい」
ヘリオスの言う通りかもしれない。
テンフの傷を侵す漆黒の瘴気は、人の本源的な恐怖を刺激する怖気を孕んでいる。女神マーテリアの神性がそのまま顕れているんだ。
コッホ城塞で戦った時とは明らかに違う。それもそのはず。あの時の魔王はただの分身だった。今ここにいるのは、正真正銘の本物。
古代人アンヘル・カイドが、マーテリアの神性を得た存在。まさに魔王と呼ぶにふさわしい力だ。
「ノ、イエど……の……」
目を剥き出しにしたテンフが、俺の手首を掴む。
「この、テンフ君……もはや、助かりませ……ん。ま、魔王を――」
息を詰まらせたテンフは、全身を強張らせて、脱力。そのまま動かなくなった。
フォーストエイドの光だけが、息絶えたテンフを虚しく照らしている。
「グレートセントラル史上最強と謳われたチョウ・テンフが、こうも呆気なく……魔王とはかくも強大なのか」
ヘリオスが口惜しそうに呟く。
俺は治療を諦め、拳を握り締める。
出会ったばかりだが、いい奴だった。聡明で誠意のあるところは、英雄と称して不足だとも感じる。
「ジェルドのノイエ。感傷に耽るのは後にしろ。今は」
「わかってる」
テンフがやられちまったということは、エレノアはいま一人で魔王と戦っているわけだ。あいつがやられたら、もう勝ち目はないだろう。
「グレートセントラル軍も長くは持つまい。我が軍も同じだ」
「わかってるって。すぐに行く!」
俺は改めて天を仰ぐ。
どす黒い雲の中では、聖女の放つ光と、魔王が生み出す瘴気とがぶつかり合っていた。
そのひとつひとつの重なりが、天地を揺るがしている。
紛うことなき神々の戦いだろ、あれは。
俺は地面を蹴りつけ、空へと跳躍。その衝撃で地鳴りが起こり、爆撃のような土煙が上がる。音を置き去りにして上昇する俺を、ヘリオスが追い越していった。
間もなく、神々の戦場に到達。
無数の光と闇が交錯する空間は、神々しくもおぞましい力の波動に満ちていた。
「ヘリオス・レイ・オーリスが、聖女に助太刀する!」
俺よりも早く突っ込んでいたヘリオスは、マントを光らせて飛行し、空中で複雑な軌道を描くエレノアと魔王の間に割って入った。
そして。
「ぜァッ!」
青白く輝く閃光が、魔王に伸びる。
それは一直線に突撃したヘリオスの刺突だった。
「おや」
山を砕き海を割るほどの一撃だったが、魔王の目前で瘴気の壁に遮られる。
まじかよ。あれを正面から受け止めるのか。




