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俺に大した過去はない

 その後、俺は『てぇてぇ亭』に戻ってきた。


 アデライト先生の「ウィッキーのことは私に任せて」との言葉を信用し、俺はお暇したのだ。


 正直、あそこまで宿舎をめちゃくちゃにしてしまったら後が怖い。先生は一体どのように処理するつもりだろうか。

 今も学内は平穏である。騒ぎになっていないのが不思議なくらいだ。


「あ、ご主人様」


 店内に入った俺を見つけて、サラの顔がぱあっと明るくなる。そして、すぐに頬を膨らませてつーんとそっぽを向いた。


「マスター。おかえりなさいませ」


「ああ。待たせたな」


 大体一時間ちょっとくらいだろうか。既に夕刻。陽が傾きかけていた。


 腰を下ろし、俺は一息つく。


「お疲れのようですわね?」


「まぁな。ひどい目にあった」


 ウェイトレスが運んできた水に口をつける。


「おっぱい、揉ませてもらったんですか」


 つんけんした声はサラのものだ。

 なに拗ねてんだ。


「あの話は方便だ。本題は他にあった。ここじゃできない話だったからな」


「へーそーなんですか。いったいどんな話をされてたんでしょーねー」


 まったく。へそを曲げやがって。


「サラ」


「なんですか」


「俺にとっちゃ、お前が一番だぞ」


「へぇっ?」


 一番目の従者って意味な。


 けれどサラは違う解釈をしたようで、案の定顔を赤くして茹でダコみたいになっていた。


「ご、ご主人様ったら」


「わかったら機嫌を直せ」


「はい……」


 両手を膝に置き肩を竦め、テーブルとにらめっこをするサラ。

 うーん、ちょろい。


「それでマスター。本題というのは?」


「ああ……そのことなんだが。二人とも、ヘッケラー機関っての、知ってるか」


 アイリスの表情は変わらない。


 反応したのはサラだった。


「ご主人様、どうしてその名前を?」


「知ってるのか」


「奴隷になる前、ボクは魔法を研究する機関にいました。それがヘッケラー機関です」


「なるほど、魔法を研究ね。具体的にはどういうところなんだ」


 サラの顔に陰が差す。どうやらあまり好ましくない思い出のようだ。


「言いたくないなら無理にとは言わないぞ」


「ありがとうございます。でもボクは、大丈夫です」


 意を決したようにサラは口を開く。


「ヘッケラー機関で研究されているものはたくさんあります。その中でも主流なのは、スキルと魔法の関連性を研究する派閥です」


「スキルと、魔法?」


「はい。この二つは似て非なるものですが、効果が重複する場合もあります。スキルを魔法で代替することもできますし、逆もまた然り。非常にあいまいな境界線なんです」


 なんか急にサラが頭がよさそうな子に見えて来たぞ。使う単語もなんか難しくなってきた。


「ボクはそこで実験台として飼われていたんです……獣人に対し後天的にスキルを付与することは可能なのか。そんな研究の対象として」


「なんだと?」


 実験台か。そいつはなんとも非人道的だな。

 だがスキル至上主義の王国民にとって、スキルを持たない獣人は家畜にも等しい存在なのだろう。まじで許せぬ。


「ろくな組織じゃないな」


「そうですね。でも、流石に奴隷よりかは扱いはよかったと思います。研究員の中には、よくしてくれた人もいましたから」


 サラは自嘲気味に笑いを漏らす。なんとも不憫である。


「実はだな。あのアデライト先生が、ヘッケラー機関の所属だったらしい」


「先生が?」


「ああ。組織を抜けた裏切者だったけどな。そんなこんなで機関は殺し屋を差し向けてきたんだ。さっきまでそいつと戦っていた」


「ええ! ご主人様は大丈夫だったんですか? お怪我とか」


「なんともない。運が良かった」


 俺のクソスキルが活きる唯一の場面だったからな。


「あのウィッキーとかいう女。ぶん殴っておいたが……どうなったかな」


 俺の呟きに、サラが目を見開いた。


「ウィッキー? ご主人様、いまウィッキーって言いましたか?」


「あ、ああ。言ったけど」


 なんだなんだ。

 サラの奴、やけに食いついてくるな。一体何なんだ。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 主人公は最大発動時間24時間のスキルを時間感覚を加速させて解除した。つまり、サラとアイリスは24時間てぃてぃ亭に居たと言う事?
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