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二年という歳月

 爆音が轟く。

 崩壊した都市が震えるほどの余波。鉄骨や瓦礫が軽々と舞い上がる。

 俺とエレノアは互いに弾き飛ばされた。俺はなんとか着地。ブーツの底がアルファルトの大地を噛む。

 エレノアは宙に浮いたまま。


 視線が交錯する。

 さっきまではわからなかったが、今の俺には理解できる。

 エレノアの瞳が湛える感情を。


 それは、絶望だ。

 この世界で幸福になることへの望みが断たれた。そんな感じ。


「なにがあった」


 エレノアの表情は変わらない。


「知ってるかしら。この世界には希望なんてないのよ。女神に支配され、エストに運命を縛られて、人が持つ本来の力は封じられてる」


「質問に答えろ」


「知っちゃったのよ。この世界がなにでできているのか」


「なに?」


「女神エンディオーネを取り込んだ時、彼女の記憶の一部が私の中にも流れ込んできたわ。この世界は……すでに終末を迎えつつあるの」


「どういうことだ」


「女神達がこの世界を創って幾星霜。すでに彼女達の加護は世界から失われてる。緩やかな崩壊へと進みながら、それでもエストが世界を縛ることでなんとか維持してる状態よ。人々は道理を見失い、争いばかり起こして邪見がはびこってる。なにが正しくてなにが間違っているのか。それを測るものさしを、誰も持ってはいない」


 その声色は、すべてを諦めているかのようだ。

 エンディオーネと同化したせいだけじゃないだろう。

 この二年間、エレノアは戦場の真っ只中で戦争の現実を目の当たりにしてきたはずだ。


「心が、折れちまったんだな」


 死と暴力が日常の毎日で、色々と思うところがあったのかもしれない。もともとこいつは、正義とは何かみたいなことを考えていた。やるせないぜ、まったく。


「お前はもっと、強い女だと思っていたけどな」


「あなただってこの世界の真実を知れば私と同じ風になるわ」


「ならねぇ」


 断言できる。


「何故なら俺は、この世界で大切なものを見つけちまったからな」


 体から噴き上がる瘴気が、斬られた右腕を再生していく。


「俺はずっと、その大切なものを守るために戦ってきた。これまでも、これからも。変わらない」


 すでに呪いの痣は全身に及んでいた。


「だからよ。エレノア」


 エレノアの目を見つめる。


「俺がお前を守ってやる」


 握り締めた黒い拳を掲げて、俺は力強く宣言した。

 そんな俺を、エレノアはじっと見下ろしている。


「私だって……」


 わなわなと震え出すエレノア。


「私だって! あなたが傍にいてくれたらこうはならなかった!」


 それは再会して初めて見せた感情の発露だった。


「私を置いていなくなって! ほったらかしにして! いまさら勝手なこと言わないでよ!」


 絶叫するエレノアの瞳から、一筋の雫が零れる。

 それは白い頬をつたい、細い顎の先から滴り落ちた。

 宙を舞うひとしずくの涙が、光り輝き、一振りの長大な大剣に姿を変える。その切っ先は、真っすぐ俺に向いていた。


「フラーシュ・セイフ・ジャッジメント」


 震える声で唱えた魔法。

 一閃の煌めきは、エレノアの想いを乗せて俺に飛んできた。

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