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ヘトヘトっす

「エレノア……!」


 光の刃を周囲に従える彼女は、都市全体を見回した後、ゆっくりと降下してくる。

 無機質なまなざし。色のない表情。

 俺の知っている、幼さの残る可憐なエレノアの印象は、見る影もなくなっていた。


「聖女様だ!」


 誰かが叫んだ。


「聖女エレノア様が来てくださった!」


「なんと凛々しく、お美しいお姿……!」


「あの数のブラッキーを一瞬で……これぞ女神の使徒である聖女様の御業か」


 傷ついた住人達は、空を見上げて口々に賞賛の言葉を並べる。跪いて両手を組む者も多い。聖女と女神とを重ね、祈りを捧げているのだろう。

 一帯を覆っていた瘴気は、輝く白い粒子へと変わっている。それらに包まれて地上に降りてくるエレノアの姿は、たしかに神話に出てきてもおかしくないほどの神々しさだ。


 遠目に見ただけでも、二年前に比べてかなり大人っぽくなっているのがわかった。身長は伸びているし、顔立ちはかわいいというより美しいという表現がふさわしくなっている。

 聖女と崇められるのも納得の容姿と佇まい。

 でも、以前にはあった人間的な温かさが感じられない。瞳の奥に宿る光が、俺の知っている幼馴染のそれじゃないのだ。


 エレノアはついに大地に降り立った。

 崩壊した都市に降臨した女神、あるいは天使。まさにそんな光景だった。


 エレノアの周りに、生き残った住民や兵士達が続々と集まり、皆一様に平伏した。

 阿鼻叫喚の地獄から一転、街にはひと時の静寂が訪れていた。


「みなさん。よくぞご無事で。神の子であるみなさんの生存を、我らが女神も重畳に感じておられるでしょう」


 厳かな声だった。


「そして、ここにいる全員で祈りましょう。肉体を失った者達の魂が、女神のもとに召されるように。案ずることはありません。きっと祈りは届きます」


 腹の奥にずしんと落ちてくるような響き。

 平伏した者達は、揃って祈りを捧げる。中には涙を流したり、嗚咽を漏らす者もいる。じっと耐えるように両手を組む者もいた。


「あほくさ」


 建物の陰でひとりごちる。

 女神の正体を知っている俺からすれば、あんなものに祈ることの無意味さがわかってしまう。いや、あんなクソ女神に祈ったらむしろ不幸になるわ。


 エレノアは完全におかしくなっている。やはり洗脳されているのか。

 なんとかしてやりたいが、今の俺には何の手だてもない。


「こんなところにいたか」


 座り込んだ俺に陰が差す。


「ヒューズ」


「無事で何よりだよ。ロートス」


「目ついてんのか。どう見ても無事じゃねぇだろ」


「生きていれば無事なのさ」


 極端な考え方だ。

 ヒューズが肩を貸してくれる。

 俺はなんとか立ち上がった。


「さぁ、急いでこの場を離れよう。あなたの姿を聖女様に見られたら大変だ」


 瘴気に侵された俺の体じゃ、すでにブラッキーになっていると言われてもおかしくないからな。

 だけど。


「こんなチャンス、みすみす逃せるかよ……!」


 エレノアを見つけたんだ。

 何が何でもあいつを連れて帰るぞ。


「ロートス。そんな体じゃ無理だ。今は一度退いてから――」


「うるせぇ。行くと言ったら行く」


 我ながら弱々しい力でヒューズに抵抗する。


「しかし……」


 ヒューズはやはり否定的だ。

 だが、ここで折れるわけにはいかない。


「頼む。ヒューズ」


「ロートス……あなたは」


 しばしの沈黙。

 そして、ヒューズはやれやれと方向転換をした。


「恩に着る」


「まったく、これは二つ目の貸しだからね」


 俺はヒューズに支えられながら、エレノアの前に姿を晒した。

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