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ヴリキャス帝国編、本編開始

「では、ジェルドの女王には国交断絶の了承を得られなかったと?」


「まことに残念ではありますが、マッサ・ニャラブはまだ我々と手を切るつもりはないようです」


「あれほど好き勝手なことを言う割に、いざ突き放すとそれを拒むとは……これだから女というのは好かん」


 ヒューズがタシターン枢機卿と話している。

 場所は枢機卿の執務室だ。


 どうやら俺が来た地域は、帝都からほど近い都市のひとつらしい。タシターン枢機卿が治める領土のようだ。

 帝都を中心に円状に置かれた八つの都市。それが皇帝を守る防衛線の役割を担っているらしい。


 そんなことより帝国に来て驚いたのは、その文明レベルに対してだ。

 剣と魔法のファンタジーというよりは、近未来SF的な風味がある。鉄と機械を多用した街並みは、ハリウッド映画ばりの世界観だった。

 といっても、これらの機械は電気じゃなく魔力で動いているのだろう。ところどころに光るルーン文字の光が、その証拠だった。


「して、そちらの亜人連邦からの使者殿は、いかなるご用向きでいらっしゃったか」


 枢機卿が俺に話を振る。

 部屋を見回していた俺は、ふと枢機卿に目をやった。がたいのいい長髪の壮年だ。枢機卿の肩書によく似合う、気品的なものを感じた。


「この者とはマッサ・ニャラブで偶然出会いまして。枢機卿とぜひ親交を結びたいと言うので、連れて参りました」


 ヒューズが代わりに答えてくれた。


「おお。そうか。たしか、ロートス殿と申されましたな」


「そうっす」


「帝国の風景が、物珍しいですかな?」


「まぁ、そっすね」


 映画やゲームのようなSF感があるから、俺もどことなく浮足立ってしまう。男の子ってこういうの好きなんだよ。

 ヒューズは話を続ける。


「枢機卿。恐れ入りますが、この者に紹介状を書いていただきたいのです」


「構わないが、どこにだ?」


「聖ファナティック教会」


 ぴくりと、枢機卿の眉が動いた。


「猊下に謁見したいと?」


「いえ、この者もそこまでおこがましい申し出は致しません。話題の聖女様を、一目見たいと申しているのです」


「ははぁ。彼女か」


 枢機卿は可笑しそうに笑った。


「史上最も美しい聖女だと評判であるからな。男子たるもの、近づきたいと思うのも当然だ」


 しかしすぐに笑みは消え、真面目な顔になる。


「目的はそれだけではあるまい」


 じっと刺すような目線が俺を射貫く。

 ヒューズがこちらを見ていた。核心は自分で話せということかいな。


「俺は亜人連邦の使者だ。うちの盟主サラは、その聖女と旧友らしくてな。親書を預かっている」


「どのような親書かね」


「中身は俺も見ることを許されていない。けど、極めて個人的な内容みたいだ」


 もちろんこれはウソだ。それっぽいウソを言っておけばなんとかなるだろうというヒューズの提案だった。なにせ人間は亜人に興味がない。それは帝国の臣民も同じだからだ。


「ふむ。承知した。紹介状は書いて差し上げよう。しかし、聖女に会えるかどうかはわかりませんぞ」


「枢機卿のご紹介があっても、難しいのですか?」


 ヒューズがすこしだけ驚いた。


「聖女エレノアは時の人だ。天子も入れ込んでおられる。紛うことなき女神の使いであるとな。直接会ったことのないわしには、その理由がわからないが」


 うーん。

 エンディオーネのテコ入れだろうな。

 普通に考えて、王国から寝返ったエレノアが聖女なんかになれるかってんだ。


 枢機卿は机上に紙を広げペンを取る。

 その直後。部屋に耳障りな警報が響きわたった。


『総員に次ぐ。シチュエーション・レッド発令。都市南方よりブラッキーの大群が接近中。現在の作業を中止し、戦闘に備えよ。繰り返す。シチュエーション・レッド発令――』


 なんだこりゃ。


「こんな朝からブラッキーとはな……」


 枢機卿はうんざりした様子だ。


「ロートス。行こう。あなたも戦ってくれ」


「え? ちょっと状況がよくわからないんだが」


「ブラッキー。瘴気に侵された兵器の襲撃だ」


「兵器? 瘴気の影響って生き物だけにあるんじゃないのかよ」


「違う。瘴気に侵食された兵器は、意思を持って自律稼働する。そうなったら、破壊するまで人間を殺し続ける」


「怖すぎるだろ」


 仕方ない。

 別に帝国を守る気はさらさらないが、降りかかる火の粉は払わないといけないしな。

 俺の鍛え上げた肉体で、SF的兵器を叩き潰してやるさ。

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