わお
だが、我慢だ。
今ここでこいつを殴るのは簡単だが、そんなことをしたら亜人のみんなが不利になる。
そんなことになったらサラにも迷惑がかかるし、亜人達にも申し訳が立たない。
差別意識ってのは根深い問題だ。一時の感情で大局を見誤るようなことはあってはならない。
だから、耐えるべきなんだ。
そんな俺の葛藤をよそに、アイリスが騎兵を殴っていた。
「えっ」
とてもにこやかに、見事なジャンプパンチを打ち込んでいる。
アイリスのパンチをモロに喰らった騎兵は、馬上から吹き飛び、草原を転々として動かなくなった。
うそやん。
それはやばいて。
「な、なにをッ!」
周りの騎兵達が驚く。そりゃそうだよ。俺も驚いている。
ふわりと着地したアイリスが、にこりと俺を一瞥した。
その微笑みには、確かな怒気が滲んでいる。
アイリスが、怒っている。
「申し訳ありません。大切な家族を愚弄されて、黙っているわけにはいきませんの」
はっとした。その通りだ。
二年前の俺なら、同じことを口にしていただろう。器用にやろうとか、お利口でいようとか、そんなことはまったく考えていなかったはずだ。
ミスター行き当たりばったりとは俺の事だったじゃないか。
そりゃたしかに、大事を為すには作戦が必要だ。大局的な視野や忍耐だって要る。
だけど、一番大切なのは信念を貫けるかどうかだろ。策や要領が、信念より先になっちゃいけないんだ。
いつかアイリスが言った、家族を家族たらしめるのは愛という言葉を思い出す。
「こいつら! やはり獣共の刺客か!」
「閣下が来られる前に仕留めるぞ!」
「よくもスティーブを! 畜生のくせにっ!」
騎兵たちはいきりたって、口々に怒声を上げた。
そして握った槍の穂先をこちらに向けてくる。
思わず笑いが漏れた。
「まぁ、やっちまったもんは仕方ない」
俺は念話灯を取り出し、送話する。
『指令室です』
「すまんサラ。勝手する」
『ご主人様?』
次の瞬間には、俺とアイリスの打撃が舞った。
騎兵を刹那にして無力化し、落馬させる。馬はビビってどこかへ走り去ってしまった。
俺達は気絶した兵士達を眺め、しばらく無言になる。
「なるようになっちまうもんだな」
ぽつりと呟いた俺に反応して、アイリスの拳がぎゅっと握られる。
「……申し訳ありません。一時の感情で、このようなことを」
「いいさ。おかげでいいものが見られた」
「それは?」
「お前が怒るところさ」
ポーカーフェイスのアイリスが怒りを露わにするなんて、滅多なことじゃありえないからな。
アイリスは俺の顔を不思議そうに見る。だが、それ以上なにも言わなかった。
ほどなく、ガウマン家の軍勢が目の前に迫る。
彼らは場の状態を確認していたらしく、既に臨戦態勢を取っていた。




