盟主
先頭のサラの前に、エカイユの戦士長が歩み出る。
「これは盟主殿。このような辺鄙な地においでとは、滅多なこともあるものですな」
「空を染め上げるほどの瘴気。砦からもよく見えました。あなた方の安否を確認するため急いでやってきた次第です」
「恐悦至極。身に余る光栄ですぞ。しかし安心なされよ。瘴気はすでに祓われた。そこの人間の手によって。あとは、彼奴を殺せば全て丸く収まる」
「集落を救った彼をですか」
「むろん」
サラに驚いた様子はない。この事態は予想していたということか。
「誇り高きエカイユの民が、まさかそのような蛮行に及ぶなんて信じられません」
「これは異なことを。我らにとっては敵に暴力を振るうことこそ美徳。人間憎しとは、すべての亜人の共通する思いなのではありませんかな?」
「ざっけんな! オイラはちげぇぞ! アニキのこと大大大好きだもんよ!」
ロロが怒声を張り上げる。
それを聞いたエカイユ達がすごい目つきでロロを見た。
「なんだとぉ! 人間を庇うだけじゃなく好きだと言うか! このライクマン族のガキ、人間の手先に堕ちたようだぞ!」
「このガキも殺すしかないな! 亜人の恥だ!」
エカイユ達はさっきの襲撃でかなりの興奮状態に陥っているみたいだ。どうみても冷静じゃない。瘴気の影響もあるのか? 俺がヘリコプター斬りとか言い出したのもそのせいだろうし。
「エカイユの皆さん! 落ち着くのです! 亜人同士で争ってはいけないのです!」
サラも必死に主張する。
「しかし盟主殿。人間を許すと仰るのか。その前例を作ると?」
「何度でも言います。彼はあなた方を救った。一人の戦士としてです」
「戦士……なるほど、流石は盟主殿。痛いところをおつきになる」
どうやらエカイユにとって戦士という言葉は特別な意味を持つようだ。サラはそれを知っていたのか。亜人の長は伊達じゃないな。
「盟主殿のお考えは、そういうことなのじゃな」
「はい。ボクもあのライクマン族の子と同じ思いです」
「あの人間が大大大好きと?」
「えっ」
サラの顔が紅潮する。
「あ、いや。そこじゃなくてですね。彼を生かすべきという点がです」
「わかっておりますわい。ちょっとしたジョーク。エカイユジョークじゃ」
からかわれたのが嫌だったのか、むっと頬を膨らませるサラ。
「いーえっ。そうですよ悪いですか! ボクだってあの人のことが大大大好きですっ!」
なぬ。
そいつは嬉しい発言だが、この状況でそんなことを言うのはまずい気がするぞ。エカイユを敵に回しかねない。
サラは乗り物から降りると、ずんずんと大股で俺の方にやってくる。
「おいサラ」
「ほら。行きますよご主人様!」
俺の手を取り、獣人達のもとへと引っ張っていく。
「サラ、お前いま……」
ぴたりと、サラの脚が止まる。
そして、驚いた顔で振り返った。
無言で、どちらからともなく何度も頷き合う俺達。
「「思い出してるー!」」
サラの記憶が戻った。
今この場所において、ただその事実だけが重要だった。




