瘴気ってやばいやつやん
周囲から歓声があがる。
「なんだあいつ! すごい蹴りだ!」
「身体強化魔法か? それかスキルか。どちらにしろすごい能力の持ち主に違いないわ!」
「見ない顔だけど、この学園の生徒か?」
どうだみたか。
スキルでも魔法でもない俺の肉体の強靭さを。
この一撃で、モンスターを倒せたに違いない。
「まだです! 気を抜いては――」
アデライト先生の叫び。
モンスターの千切れた首から、ドス黒いオーラが伸びる。まるで絡み合う無数の蛇のように伸びたそれは、瞬く間に俺の右腕に喰いついた。
「なんっ……だよこれ!」
激痛が走る。
思わずモンスターを左手で殴りつけ、蹴りつけた。
それがとどめとなったか。トリケラトプス的モンスターは力尽き、黒い魔力は霧となって虚空へ溶けていった。
「くそっ……!」
痛い。熱いというべきか。いや、やっぱり痛い。
俺の右前腕に黒い魔力の痕が残っている。蛇のような痣となって、俺の腕に巻き付いているのだ。
「見せてください」
傍に駆け寄ってきたアデライト先生が、俺の腕をじっと見る。眼鏡越しの目は、これ以上なく真剣だ。
「これは……!」
驚く先生。
いったい何なんだこれは。
「すぐに処置をします。誰か! 私の研究室にこの方を運んでください! 腕の傷には絶対に触れないように!」
アデライト先生に呼応した生徒達が、俺を担ぎ上げてくれる。
腕の痛みはどんどんひどくなる。
皮膚が焼けただれるようでもあり、骨が砕かれるようでもある。いや、何本ものナイフで串刺しにされていると表現してもいい。
とにかく痛すぎる。
アデライト先生との再会も喜べないほどに。
「大丈夫。気をしっかり持ってください」
運ばれながら、耳元で聞こえる先生の声。
せっかく会えたってのにこんなことになるなんてな。
まったく、運命ってやつは御しがたい。
こういうのが、俺らしいってことなのかもしれないけどな。
研究室に到着し、俺はベッドに寝かされる。
「痛みますか?」
「死ぬほど痛いですよ」
アデライト先生がいくつもの医療魔法をかけてくれる。
だが、痛みは一向に引かない。
先生は神妙な顔つきだ。
「効かないんですか……?」
「ごめんなさい。私の力では……この傷を癒すことはできないようです」
試しに俺も、自分の腕にファースト・エイドをかけてみる。
だめだ。なんの意味もない。
〈妙なる祈り〉を失った俺の魔法に、かつての威力はないようだ。
だったらもう、我慢するしかないな。
俺は体を起こし、ベッドに座る。
傍の椅子に腰を下ろすアデライト先生は、眉を下げて眼鏡の位置を直した。
「いけません。寝ていないと」
「平気です」
痛いけど、それだけだ。
「アデライト先生」
「はい?」
先生の顔をじっと見る。
二十一歳になった先生は、二年前とそこまで変わっていないように見える。ハーフエルフだからだろうか。それとも単純に、十九と二十一じゃそこまで変わらないのか。
「どうかしましたか?」
「いえ」
俺のことを覚えているか聞こうと思ったが、やめとこう。この感じは覚えていなさそうだ。
代わりに別の質問をしよう。それがいい。
「さっきのモンスター。あれはなんなんです?」
「……研究用に捕獲したモンスターが、脱走して暴れていたのです。あなたを襲ったあの黒い魔力。あれは瘴気といって、最近発見されたモンスター特有の強力な魔力なのです」
「瘴気?」
「はい。あれを纏ったモンスターは、まっとうな生物の域を外れ、別次元の強さを発揮します。厳重に閉じ込めていたはずなのですが……研究員の学園の想像以上に瘴気が濃かったのでしょう。たくさんの被害を出してしまった」
「そんなやつが……」
瘴気か。
新しい要素が出てきたな。俺がいなくなってから生まれたもんだろう。
女神の連中か。あるいは他の奴らか。
余計なことをしてくれたもんだ。




