かわいそうな男
巨大なエレベーターが起動する。
地鳴りのような響きを鳴らし、地下へと降りていく。
「なんだこりゃ! 床が動いてるぞ! なぁアニキ!」
「わかってる。ちょっと落ち着け」
はしゃぐロロにほんの少し心を和ませていると、ついに最下層へと辿り着く。
ここは二年前、ファルトゥールとエンディオーネが戦いを繰り広げていたところだ。
勝敗はどうなったのか。軍配はどちらにあがったか。
それが今、明らかになる。
「いくぞ」
暗い大広間の奥へと進む。
「なんか気味わりぃなぁ……」
俺達が歩いた場所に、淡い光が生まれる。そこからじわじわと床や壁、天井に広がっていく青白い光の紋様。
進む先にあるのは、崩れ落ちたファルトゥールの像だった。
「これ、なんだ?」
ロロが見上げた像は、腰から上が破壊されていた。残っているのは下半身だけである。
「ファルトゥール……勝ったのは、エンディオーネなのか?」
『それは違いますな』
俺の呟きに答える声。
『双子の女神の戦いは、ついに決着がつきませんでした。傷ついた彼女達は終わりの見えない闘争に終止符を打つため、別の方法で勝敗を決することにしたのです』
この声は、一体誰のものなんだ。
聞き覚えはあるのに思い出せない。わからない。誰だ?
いや、今はそれよりも、話を進めよう。
「その方法っていうのは?」
『代理戦争』
「なんだって?」
『ファルトゥールは王国に。エンディオーネは帝国に。それぞれ加護を与え、人間同士の争いを激化させたというわけです』
クソじゃねぇか。
『現時点では、エンディオーネが優勢なようです』
「じゃあなにか? この国がこんなことになってるのは、神々の戦いのせいだってのかよ」
『そうですな』
「やっぱり神ってのはろくなもんじゃねぁな」
『あなたにそれを言う資格はありません』
「え?」
予想しない辛辣な言葉が飛んできた。
『あなたが余計な寄り道をせず、早急にエストを消滅させていれば、こんなことにはならなかった。すべてはあなたの責任です』
いやいや。
「ちょっと待てよ。俺は寄り道なんてしてないぞ。ちゃんと最短ルートで〈八つの鍵〉を探してた」
その道のりでオルタンシアだって見つかったんだ。寄り道をしていたなんて言われる筋合いはない。
『いいえ。あなたは分かっていたはずです。鍵は決まった人物ではない。あなたが深く関わった者であれば誰でも鍵になりうることを』
「それは……」
『しかしあなたはそれに気付かないふりをした。つまるところ、選り好みしたのです』
否定はできない。
だが、これから新しく深く関わる人を作るよりも、今まで深く関わってきた女に会いに行く方が早いと踏んだのも事実だ。
「アプローチの仕方が違っただけだ。方法に優劣はないだろ」
『結果としてあなたはこの国に波乱を招いてしまった』
「それこそ結果論だろ」
とはいえ、責任逃れをするつもりはない。
「俺の選択がこの事態をもたらしてしまったってんなら、責任をもって平和を取り戻すさ。この世界を人を、クソみたいな神々から解放してやるよ」
『それでこそアルバレスの御子です』
褒めてくれなくて結構。
「それで? あんたはいったい何者なんだ? 姿も見えないし」
『お忘れですか?』
「なに?」
『マクマホンですよ』
「……ああ」
帝国の大臣か。
「どうしてお前、俺を憶えてる? いや、そんなことより……お前は今どうなってる?」
『私は傷ついたファルトゥールとエンディオーネの身代わりにされたのです。魔法学園に残り、興味本位にこの塔の調査をしていたのが災いしました。女神の戦いに巻き込まれた私は、肉体を剥奪され、生命のみの存在となってこの地に囚われてしまった』
なるほど。
ある意味、世界の理を超越してしまったわけだ。
一部とはいえ【座】に至ったせいで、俺のことを憶えているというわけか。
俺をアルバレスの御子と呼ぶのも、より本質的なものを理解したからなんだろうな。
『急がれよ。アルバレスの御子。世界の命運は、あなたの双肩に乗っている』
「言われるまでもねーわ」
戦争の原因がわかったからには、さっさと解決してやるってもんだ。
そのためにこの世界に帰ってきたんだからな。
「マクマホン。ひとつ聞きたい」
『なんなりと』
「俺の女達は、今どこにいる?」
『わかりかねますな。個人の行く末など、この場ではわかりませぬ』
そりゃそうか。
『ですが一人だけ。教えて差し上げることはできます』
「誰だ」
『ドルイドの娘です』
サラか。
「あいつは今、どこにいる?」
『アインアッカ村』
なんだって。
『あなたの生まれ故郷ですよ』




