試合しゅーりょー
だが、そうはならなかった。
宙に放り出されたアイリスは、なんと空気を蹴ってこちらへ急降下してきたのだ。
「そんなのありかよ」
言いつつも、アイリスならこれくらいやるだろうとはなんとなく思っていた。
「お互い様ですわ」
全身を翻したアイリスの飛び蹴りが迫る。
着弾。
とてつもない勢いで、闘技場に砂塵が舞い上がる。まるで核弾頭のような威力だった。
俺はそれを、防ぐことも出来ずまともに喰らってしまった。
正直、意識が飛びかけた。
しかし、反応できなかったのには理由がある。
それは、飛び蹴りという攻撃方法だ。
アイリスはワンピースを着ている。つまりスカート。俺の位置からは、ばっちりとその中が見えてしまったのだ。
青と白の縞々。
魔法学園のブティックで、俺がアイリスに贈ったものだった。
俺のことを忘れても、服も下着も俺が贈ったものを身につけている。それがなんか、感動的に思えたんだ。
俺は地面に大の字に転がっていた。
直撃を受けた俺の体は、すでにぼろぼろだった。流石はアイリス。やっぱ強ぇわ。
土煙が晴れていく。
「なぜ、避けなかったのです? いえ、あなたの実力なら、避けるまではいかなくとも防ぐことはできたはずですわ」
優雅に佇むアイリスは、ほんの少し困惑した様子だった。
「はは……色々あるのさ。男ってやつには」
俺にとって、皆が忘れてしまった思い出は何よりも大切だからな。
『おおーっと! 何が起きたのか全然わかりませんでしたが! なんかロートス選手がダウンしていますっ! アイリス選手の勝利なのかーっ!』
「まだまだ」
俺はゆっくりと起き上がる。
「アイリス。一つ聞きたい」
「なんでしょう?」
「お前のスキルと職業は?」
「申し上げる必要がありまして?」
「いや、ないよ。知ってるからな」
アイリスの微笑みに僅かな陰りが生まれた。
「当ててみせようか?」
「……ぜひ」
「姿を変えるスキルだ。『千変』だっけか?」
「残念ながら、違いますわ」
「ああ知ってる。本当は人のスキルをコピーするってやつだろ? 『千変』はアデライト先生からコピーしたもんな」
ここにきて、アイリスの顔色は変わっていた。
「その様子では、わたくしが何者であるかもご存じのようですわね」
「ああそうだな。でもお前の正体はそこまで重要じゃない」
俺のストライクゾーンにモン娘が含まれていることは既に言ったとおりだからだ。
「何を仰りたいのです?」
「そうだな……」
俺が聞きたいのは。
「どうしてお前は、人間の姿を取っている? その理由はなんだ?」
「……それは」
アイリスは明らかに狼狽している。
「わかりませんわ。確かに、はっきりとした理由があったはずですのに……わたくしは何故この姿を取るようになったのでしょう……?」
これで思い出してくれるなんて甘い考えは持っちゃいないが、揺さぶりをかけることはできただろう。
アイリスは頭を抱え、考え込むように俯いていた。
「……申し訳ありません。気分がすぐれませんので、棄権させていただきますわ」
そうくるか。
「まぁ、体調不良なら仕方ないか」
アイリスは背を向け、歩き去っていく。
「ちょっと待ってくれ」
ぴたりと、足を止めるアイリス。
「あとで話せるか。時間を取ってほしい」
「それは叶いませんわ。わたくしは急いでおります。大会が終わったらすぐに戻らなければなりません」
振り返ることもなく、アイリスは答える。
「戻るって、どこにだ?」
その質問に、返事はなかった。
なんてこった。
満身創痍の俺は、立っているので精一杯。
アイリスを追いかけることは、もう不可能だった。




