その名はアイリス、再び
決勝なんか待っていられない。
リングの下にいた俺は半ば無意識のうちに跳躍し、リングに上っていた。
『な、なんと! Aブロックの決勝進出者ロートス選手が、ここでまさかの乱入だーッ!』
実況の直後、闘技場はこれ以上ないというほどに盛り上がる。天を衝かんばかりの大歓声だ。
『このまま決勝が始まってしまうというのか―ッ! 今年は嘘のような事態の連続過ぎてついていけなーいっ!』
大会のスタッフがぞろぞろとやってきて、気絶したマリリンおばさんを運び出していく。
運営側としては、この展開を歓迎しているようだ。
そりゃそうだよな。センセーショナルで話題性がある。エンターテイメントとしては最高の流れだろう。
だがそんなことはどうでもいい。
俺は、アイリスと対峙する。
「せっかちなんですね」
柔らかい微笑みは相変わらずだ。
だが、そこに親愛の情はない。かつて向けてくれた想いは、もうこもっていない。
アイリスはワンピースの裾をちょいと持ち上げ、優雅に一礼する。
「はじめまして。わたくしはアイリスと申します。どうぞ、お手柔らかに」
はじめまして、か。
なんというか。
分かっていたこととはいえ、思っていた以上に辛いな、これは。
「どうかされましたか?」
俺のハンパない寂寥感を察したのか、アイリスは小首を傾げる。
「いや……なんでもない」
落ち込んでなんかいられない。
世界から忘れられるのは、とうに覚悟していたんだ。
諦めるわけじゃないぜ。
どうすればみんなの記憶を取り戻せるかわからない以上、手探りでやるしかないな。
とにかく戦ってみよう。アイリスの心身に、揺さぶりをかけてみるんだ。
「ロートス・アルバレスだ。よろしく頼む」
アイリスは微笑みで応える。
『うおぉーッ! 両者やる気だーっ! これは期待せざるを得ないッ! 天地を揺るがす大事件といえるでしょう!』
歓声はさらに大きくなる。その中には『無職』への罵倒が多分に含まれており、結果的にアイリスへの応援が多くを占めていた。
それでいい。俺なんかより、アイリスを応援してやってくれ。俺でもそうする。
『ドボール武道大会決勝ッ! 『無職』のくせに生意気だッ! ロートス・アルバレス選手ッ! バーサスッ! チャンピオンを一撃でのした謎の美少女アイリス選手ッ! レディ・ゴーッ!』
勝手に始められてしまった。
だが、ちょっとだけ興味はある。今の俺が、アイリス相手にどれだけ戦えるのか。
アイリスは俺にとって、強さの象徴と言っても過言ではないからな。
「では」
十数歩の距離。構えもなく、泰然と佇むアイリス。
「参りますわ」
何の前触れもなく、俺はアイリスの間合いの中にいた。
「おっ――」
飛来したのは拳。
俺は神がかり的な反射神経を発揮し、その右ストレートに自分の左ストレートを合わせる。
激突する拳と拳。
その瞬間。衝撃の余波がリングに波及した。
そして、頑丈な石造りのリングが、隅々まで粉々になって弾け飛ぶ。
『り、リングが……! えっ? なにこれ……こわ……』
実況もドン引きの威力だ。




