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いつかの薫陶

 そして、堰を切ったように観客が沸きあがった。


「『無職』だって! 最弱劣等職じゃないか!」


「まじですか! あんなゴミカスみたいな職業の奴がこの伝統ある武道大会に出場するなんて!」


「この大会を侮辱しているわ! 一体どういうつもりなのかしら! あんな生きる価値のない『無職』が出てくるなんて!」


「分かったぞ! マリリンがあいつを推薦したのは、こうやって晒し物にしてやろうって意味もあったんだよ! 性格悪いなチャンピオン!」


「でもそこがいい!」


「たしかに!」


 観客の野次は放っておこう。こんなもんは慣れっこだ。

 アンドレアスは太い顎をさすり、ぎょろりとした目で俺を見下ろしている。


「フーム。ボーイは亜人じゃあないんダロ? 稀にスキルを持たない人間が生まれると聞くが、実際に見るのは初めてダ」


「貴重な経験だろ? どういたしまして」


「ハハ。面白いボーイだ」


 楽しそうに笑った直後、アンドレアスのシャツが隆起した筋肉によってビリビリに裂け、風に流されて客席に飛んでいく。


「殺してやるヨ。『無職』クン」


 アンドレアスの鍛え上げられた筋肉から繰り出される超火力のパンチが、俺の顔面に叩き込まれた。

 残念ながら、俺の頭の倍はあろうかという巨大な拳は、その一撃で粉砕骨折してしまったが。


「アアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!」


 拳を押さえてうずくまる大男。かわいそうだけど、ちょっと滑稽だな。


「痛アアアアアアアアアアッッッ!」


「だ、大丈夫か?」


 そこまで痛がるとは思ってなかった。俺の方が戸惑うわこんなん。


「降参ダアアアアアアアアアアアッッッッッ!」


 まじかよ。


『なんと! 優勝候補のアンドレアス選手がまさかのギブアップです! 嘘でしょー!』


 悲鳴じみた実況、次いで、大ブーイングの嵐が巻き起こる。


「なんだあいつは! 『無職』のくせに勝ちやがって! 身の程を弁えろよ!」


「殴った方が降参なんておかしいだろ! スキルと職業を偽ってたんじゃないのか! 卑怯者め! 恥を知れ!」


「ほんと最低! あんな『無職』がアーロゲントに勝つなんて! 終わってるわよ!」


 世知辛いな。

 勝ったからといって認められるわけじゃない。

 逆に勝ったせいで罵倒される始末。『無職』は『無職』らしく草の根でも食んで生きてろってか。

 やっぱり、スキル至上主義という悪習はまだまだ健在なんだな。


『こんな展開を誰が予想したでしょうか! 最弱劣等職のロートス選手が、まさかの二回戦進出です! 本大会の歴史に残る快挙でしょうっ! ありえない事態っ! 明日世界が滅亡するのでしょうか! とんでもないダークホースの登場だーっ!』


 一回勝っただけでここまで言われるとは、本当に『無職』ってのは扱いがひどい。


 まぁ、いいだろう。

 いつかこの世界の両親が言っていた、スキルに頼らない生き方ってやつ。

 それを今、俺は体現しているんだからな。

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