これは伏線やろなぁ
『ええ……そうね……』
エレノアは、どこか歯切れの悪い返事をする。
『そういえば、あんまり考えたことなかったわ』
「お前もか」
『ロートスも?』
「ああ。なんていうか、ハナから諦めてたっていうか」
『そうそう。私もそんな感じ。向こうで死んじゃったから、どうせ戻れないって。頭のどこかでそんな風に思い込んでいたわ』
元の世界のことを重要視していなかったのは、俺だけじゃなかったようだ。
ううむ。
『なんだか妙な気分ね。私、言われるまで気が付かなかったわ。自分が元の世界をどう思っているのかなんて』
「だよな。それについて話し合うっていう発想がそもそもなかった」
考えてみればおかしな話だ。
エレノアが転生者であると分かった瞬間。元の世界のことについてもっと話をするべきだったのに。
『ねぇロートス。これって……おかしいと思わない?』
「思う。たぶん俺達、同じことを考えてる」
俺はこの世界にきてから、事あるごとに前世のことを思い出してきた。だが、それは知識であってエピソードじゃない。
俺が元の世界で生きていた時の交友関係や、具体的な生活については思い出そうともしなかった。思い出せないわけじゃなく、思い出す気にならないって感じだ。
『ファルトゥールの仕業かしら? それか、ヘッケラー機関?』
「犯人はそのあたりだろうな。まず間違いなく見えない力が加わってる。俺達転生者に、この世界で生きることを強要してるっていうか、思考が誘導されてる節がある」
『私達が元の世界に戻りたいって思わないようにしてるってこと?』
「だと思う。じゃないと俺達をこの世界に連れてきた意味がなくなるだろ。元の世界に戻るために奔走してたら、奴らの思惑通りにはいかないはずだからな」
『なるほどね……なんか、それこそ運命を弄ばれてるようで癪だわ』
「まぁ今更だ。それに……」
もしかしたら俺の〈妙なる祈り〉で元の世界に戻れるかもしれない。という言葉を、何故かぐっと飲みこんだ。
『それに、なに?』
「いや、なんでもない」
『なによ。気になるわね』
「とにかく、そっちはよろしく頼む。俺は俺の用事を片づけたらすぐ戻るつもりだ」
『……わかったわ。気を付けてね』
「ああ。帰ったらこの話の続きをしよう」
『うん』
「じゃあ、また」
『またね』
そして、通話は終了する。
ふむ。
俺が口を噤んだ理由はいくつかある。
元の世界に戻れるかどうか、定かじゃないから。仮に戻れたとして、この世界にまた戻ってこれるかどうか不確かだから。
俺には、この世界での使命がまだ残っている。
みんなの為に運命の呪縛を消失させること。それは誰に与えられたわけでもない、自分自身で決めた使命だ。
だから、それを果たすまでは、元の世界のことは胸にしまっておこうと思う。
もし俺がこの世界から忘れ去られたとしても、元の世界に戻れるのならばまだ救いはあるかもしれない。そう思えただけで、俄然やる気は出てくるってもんだ。
ま、保険みたいなもんだな。
「オルたそ」
「は、はい。念話は終わりましたか?」
「ああ。待たせてすまない。行こう」
決意を胸に、クソ暑い砂漠を歩き出す。
今はやるべきことをやるだけ。
完全に、そういうことだ。




