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渓谷の神、現る

「で、でも……」


 オルタンシアは不安そうな顔のまま。それどころか、みるみるうちに恐れの表情に変わっていく。

 あれ、おかしいな。俺の予想ではここで「素敵、抱いて!」となるはずなのだが。それはもうなってたか。


「どした?」


「ジャ、ジャバウォックは、幼体なんです……!」


「幼体?」


「年月を重ねて、同族で殺し合った末に、成体になるんです……そうやって生き残った強力な個体が、またたくさんの子を産んで、同じように殺し合わせる。成体となったジャバウォックを、自分達はヴォーパル・パルヴァレートと呼んでいます」


 蟲毒かよ。

 それともあれか。出世魚的な。成長につれて名前が変わるってやつ。


「そのヴォーパルなんとかって奴、出てくんのかな?」


「子どもが人間に殺されたとなったら……出てくると、思います」


「まじかー」


 どれくらい強いのかは知らないけどな。


「今更そんなの出てきたところでかませ犬にもならないと思うぞ? 絶対負けないしな、俺は」


「あ、あの……あれ……」


 オルタンシアが上を指さす。

 その視線の先を追うと、満月に影が浮かんでいた。

 巨大な四対の翼を生やし、更に巨大化したジャバウォック。


「渓谷の神……ヴォーパル・パルヴァレート……!」


 オルタンシアが俺にしがみつく。よほど恐いみたいだ。

 たぶんあれだろうな。あいつと遭遇したら軍総出で戦うとかそんな感じだろうな。それで被害もたくさん出るんだろう。あくまで想像に過ぎないけど。


「俺にとっちゃザコだろ」


 上空から飛来するヴォーパル・パルヴァレートを見据える。

 離れた敵にはあれがいいな。

 何度もファルトゥールの真似をするのは癪だが、実際にイメージするには模倣は最適だから仕方ない。


「くらえ」


 俺の目から、二本のレーザーが発射される。


 そういえば、現代日本にいた時にこんな攻撃をするロボットアニメを見たことがある。

 いわゆる光子力的なビームってやつだ。レーザーとビームってどう違うんだろうな。俺には分からない。


 いや、そんなことはどうだっていい。

 俺が目から放った二本の光線は、一瞬にしてヴァーパル・パルヴァレートに直撃。瞬きする間もなく跡形もなく消滅させた。


「ほらな。かませ犬にもならなかっただろ?」


「え……うそ? 倒した……倒したんですか? あの渓谷の神を?」


「うん。ぜんぜん神っぽさなかったけど」


「種馬さま、あなたは、本当に一体、何者なんです……?」


「だから救世神だろ? アルドリーゼがそう言ってたぜ?」


「あの予言は、真実だったんですね……」


「まぁ、俺とアルドリーゼで書いたって話だからな。知らんけど」


 お姫様だっこされたままのオルタンシアは、なんとも言いがたい目を俺に向けてくる。それはどういう感情なんだ?


「ほら、モンスターはいなくなったんだから、ちゃんと案内を頼むぞ」


「は、はい。すみません……頑張ります」


「別に謝ることはないけどさ」


 ザコモンスターなんかに構っている暇はないや。

 俺は本物の神を殺すために、グランオーリスへ急がないといけないからな。

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