拙速を尊ぶんじゃ
その日の夜。
俺は部屋の窓から星空を見上げていた。
サラはベッドで寝てしまっている。遠出したからな。疲れたんだろう。
アイリスは学園に帰って来るや否やどこへふらりと消えてしまった。学舎の中にいるんだろうけど、あいつが何をしているかはよくわからない。夜はいつも何をやってるんだろうな。
それはともかく、俺はアカネに言われたことをずっと考えていた。
身近にいながら、分かった気になってほんとは理解できていない相手。
誰だろう。
ふと思い浮かんだのはエレノアだが、あいつはまぁ候補にあがっているから除外でいいだろう。
それ以外となると、ぴんとこない。
ダメだ。こういうのは一人で考え込んでも埒が明かない。
「シーラ、いるか」
「ここに」
俺が呼ぶと、最初からそこにいたかのように傍に現れて跪くシーラ。
「ちょっと話相手になってくれるか」
「もちろんです」
「昼間のことなんだけどな。お前も聞いてただろ? アカネが言ったこと」
「心得ております。鍵の候補ですね」
「ああ。まぁ座ってくれ」
「失礼します」
俺がテーブルの椅子に腰掛けると、シーラは対面に座る。
「なんとなくでいい。心当たりはあるか?」
「身近にいる人物となると限られてきますから、何名かは」
「言ってみてくれ」
「局長のご母堂は、いかがでしょう」
「フィードリットか? それはないだろう。つーか、あってほしくないというか」
そもそも俺のことを好きって感じはしない。アデライト先生の母親だぞ? 美人だし、エルフだし、親子丼というのはロマンがあるが、なんか嫌だ。いや別に鍵だからといって恋仲になる必要はないんだろうけど。
「今は身近にいないけれど、以前身近にいた、という人物はどうでしょうか。例えば、主様が最初にコッホ城塞へいらした時、ウィッキーと共にいたもう一人の少女です」
「セレンか」
そういえばどこにいったんだろう。亜人同盟との戦争が始まって後、姿を見ていない。
「シーラは、あいつが今どこにいるか知ってるか?」
「把握しています。彼女は戦火に巻き込まれることを危惧した両親から帰国を命じられ、現在はグランオーリスに戻っています」
「そういうことか」
だから学園で会わなかったのか。合点がいった。
王女を一人で留学に出す教育方針でも、流石に戦争なら帰って来いってなるよな。
「グランオーリスはどうなんだ? 平和なのか?」
「はい。いたって平穏です。近隣諸国とも友好な関係を築いているようで、悪い予兆はありません」
そいつはよかった。セレンはお姫様だからな。王国内のいざこざに巻き込まれて何かあれば、国際問題にも発展しかねない。
なによりあいつは俺の大切なパーティメンバーだ。王国がこんなことになって学園の機能が一時的に止まっているとしても、それは変わらない。
「セレンが鍵だって可能性についてだが、どれくらいあるえると思う?」
「彼女についてすこし調べました。留学後の情報ですが、彼女は主様の他に知り合いがまったくいません」
「え。一人も?」
「主様を通じて知り合ったウィッキーやエレノア様などは省いていますが」
「俺以外のつながりがないってことか?」
「そうです」
まじか。
「ですから、セレン・オーリスが鍵である可能性は高いでしょう。彼女の留学の目的は伴侶探しです。おそらく主様に照準を合わせていたと思われます」
あいつのスキル『ロック・オン』だけにってか? やかましいわ。
「ただ、こればかりは本人に確認しなければわかりません」
そうだな。
「じゃあ。行くか」
「主様?」
「今から行くぜ。グランオーリスに」
「このような夜更けにですか?」
「思い立ったらすぐ行動。それを俺のモットーにしようと思ってる」
「思っているだけなんですね」
「そうだ。また変わるかもしれないからな」
そういうわけで、グランオーリスに向かうとしよう。
地理的には、マッサ・ニャラブを挟んで向こう側だったな。
とりあえずは〈妙なる祈り〉のテレポートでアインアッカ村に行こう。
とんぼ返りとはまさにこのことだな。




