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ヘッケラー機関最後の日

 安心したのも束の間、サラの身体にはすでにファルトーゥルが憑依しており、女神の完全復活を許してしまった。

 なんてことは流石に起こらず、サラはサラらしい寝顔のまま、静かに寝息を立てていた。

 服を着せたサラをお姫様だっこで抱えて本丸を出たタイミングで、エレノアと鉢合わせする。広場にはエレノアだけではなく、合流したアイリスとマホさんの姿あった。


「なんだ。もう済んじまってたのか」


 グレートメイスを肩に担いだマホさんが、やれやれと言わんばかりに首を振る。


「せっかく急いで来てやったってのに。まぁ、アタシらがどんだけ役に立てたかはわからねぇけどな」


「ありがとうございます。マホさん。来てくれただけでめちゃ嬉しいですよ」


 俺はマホさんの隣に視線を移す。


「アイリスも。サンキュな」


「お役に立てなかったことを残念に思いますわ」


 少し寂しげな微笑だった。


「なに。こういうのは今回だけだ。これからイヤってほど役に立ってもらうさ」


 苦笑いする俺を、エレノアがむすっとした顔でにらみつける。


「まったく。無事だったからよかったけど……ちょっと無謀すぎるんじゃない? 考えなしに一人で突っ込んでさ。あれよあれ。なんだっけ……そうそう匹夫の勇ってやつ」


「すまんなエレノア。まぁ、結果オーライってことでひとつ頼むよ」


「次からは気をつけなさいよ」


「善処するさ」


 こうしてサラを取り戻せたんだ。結果的に俺の選択は正しかったことになるだろう。

 けどエレノアの言うことを軽視するわけじゃない。

 往々にして、失敗の原因は、前の成功にあるものだ。

 失敗は成功の母というが、逆もまた然りってな。そういう意味で、エレノアの言葉は重く受け止めよう。


「アイリス」


「はい」


「サラを頼む」


「喜んで」


 お姫様抱っこしているサラを、アイリスへと渡す。アイリスはお姫様抱っこを継承してくれた。

 俺は広場から出ると、城塞内を埋め尽くす死体の山を眺める。


「ひどい有り様……いや、ひどいなんてもんじゃねぇな。一体なにがあったら、こんなことになんだ?」


 マホさんの呟きには答えない。

 これをサラがやったとは思いたくないし、実際サラの意思ではないだろう。だが、サラの魔力によってもたらされた事態なのは間違いない。

 俺は手を掲げる。そこに白い光が宿り、少しずつ輝きを強くしていった。


「何をするつもりなの?」


「このままにしておけない。この人達を弔う」


「弔うって、どこに? それにこんな数じゃあ……」


「やってみるさ」


 埋葬する土もないし、火葬するのも忍びない。

 俺の手から放たれた光が、数多の死体を包み込んでいく。


「お人好しだな。アタシが言うのもなんだが、機関の連中は善人とは言えない奴らばっかだぜ」


「だとしても、死者は平等です。死んだ人間にやり返すつもりはありません。いずれ生まれ変わった時、相応の報いを受けるでしょう」


「……なんだよ。一日見ねぇ間に随分と変わったな。お前さん」


 自覚はないが、マホさんが言うからにはそうなのだろう。

 男子三日会わざればなんとやら、だ。


 光を浴びた死体は、そのまま輝く粒子となって空へと飛散していく。

 それはあたかも、昇天する魂のようにも見えた。


「きれい……」


 エレノアの感想には同感だ。

 やがてすべての死体が光となって消える。


「これで、いいだろ」


 数百年にわたって世界の裏で暗躍し続けたヘッケラー機関は、ここに消滅した。


「さぁ、帰ろう」


 あとはエストを倒すだけ。

 そうすれば、人々は神の呪縛から解放される。

 もうひと踏ん張りだな。 

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