もうきやがった
正直なところ俺は楽観していた。
もちろんそれなりに警戒はしていたけど、別に塔が出てきたところでどうしたと、そこまで深刻には考えていなかった。
甘かった。とろけちまうほどに。
何も学習していない自分が嫌になる。
「これは……」
講堂前広場にたどり着いた俺達が見たのは、天高く聳える巨樹の如き塔の姿。そして負傷して血を流し、息を荒げて座り込む守護隊の少女達だ。
「おい! どうした!」
俺は彼女達のもとに駆け寄り、ファーストエイドをかける。
「主様……申し訳ありません。下手を打ってしまい……ました」
俺の医療魔法によって傷は治ったようだが、受けたダメージは大きく気を失ってしまった。
「大丈夫。みなさん命に別状はありません」
「ひどいケガ……刃物かしら」
アデライト先生とエレノアも他の守護隊に医療魔法をかけてくれている。
とりあえず彼女達は休ませよう。調査報告を聞きたかったが、そうもいかないみたいだ。
「この塔。入口がありませんね」
先生が塔を観察している。近づかないのは何があるかわからないためだ。
「中に入れるような建物なのでしょうか」
「どうします。俺達で調べてみますか?」
先生は否定も肯定もしない。悩んでいるようだった。
「入口ならありますよ。こっちに」
驚いたことに、エレノアが迷いなく塔に近づいていく。
「おいエレノア」
「平気よ。女神ファルトゥールが教えてくれてるわ」
さも当然の如く言うエレノア。
俺と先生は顔を見合わせる。
「ここはエレノアちゃんを信じてみましょう」
「けど……そんな急がなくてもいいんじゃないですか。戦いはひとまず止まったんだし」
「そうも言っていられないようなのです」
先生は空のある方向を見上げる。
なんだ?
俺が先生の視線を追うと、そこに一人の女の影が現れていた。
「もう来たのかよ……!」
ピチピチのレオタードを身に纏ったスレンダー美女。
間違いない。『体力』のミーナだ。
「ミー参上。はや」
跳躍していたのだろう。
塔の前に着地したミーナは、エレノアに立ちふさがる。
「ここは我らが母の寝台。関係者以外の立ち入りは厳禁。だめ」
独特なイントネーションで喋るミーナにも、エレノアはたじろがない。
「私は招かれているのよ。女神ファルトゥールに」
「聞いてない。まじ」
「どいてちょうだい。さもないと」
エレノアの両手に火炎が宿る。
「消し炭にするわよ」
おいおいどうしちまったんだエレノアの奴。あの塔が現れてからなんか変じゃないか。女神ファルトゥールに操られたりしてないだろうな。
「マスター。止めますか?」
アイリスが変わらない微笑でエレノアの背中を眺めている。
「いや……それより加勢してやってくれ」
ミーナの実力が未知数である以上、エレノアに危険がないとも言い切れない。
「かしこまりましたわ」
言い終えた直後にはアイリスがエレノアの隣に立っていた。
代わりに先生が俺の隣にやってくる。
「あのミーナという女性……女神ファルトゥールの縁の者なのでしょうか」
「うーん。ただの信徒って可能性もありますが」
「サラちゃんを救う手掛かりになるかもしれません。できれば生け捕りにしたいですね」
わお。先生もけっこう過激な発言をするなぁ。
「アイリス!」
「承知いたしましたわ」
名前を呼んだだけで生け捕りの意図が通じるなんて、いよいよテレパシーじみてきたな。俺とアイリスの絆はそれほどに固いんだろうな。
とはいえそんなのんきなことを言っていられない。
戦闘が始まったのだ。




