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憧れのスローライフ

 笑っていないのは少数派だった。その中の一人であるムッソー大将軍は、アイリスに目を向ける。


「そなたの従者」


 発言が始まると、嘲笑もすぐさま鳴りを潜める。


「巧妙に擬態しているようだが、どうやら人間ではないようだ。テイムしたモンスターの類か」


 これは驚いた。まさか『千変』を使って変身したアイリスの正体を一発で見抜くなんて。

 さすがは大将軍ってことか。魔力を見抜く能力もずば抜けているようだった。

 俺はアイリスに振り返る。相も変わらず柔らかい微笑みを崩さない。


「大将軍の言う通り、アイリスは人間じゃありません。彼女は、スライムです」


 そこでまた大きな笑い声が湧いた。


「『無職』の主人にスライムの従者だと? どういう組み合わせだ! まさしくゴミ同士の結合よの!」


「我々を笑い殺すつもりか! これはなんとも愉快な刺客が参ったものだ!」


「マジでクソすぎる! 底辺冒険者の百倍クソだぜ!」


 言われたい放題だな。

 まぁ、ここに集まっているのはスキルも職業も能力も、超一流の精鋭達。

 なんの名声も持たない『無職』とスライムは見下されて当然。そんなの最初から分かっていたことだ。


 エレノアは、アイリスがスライムだということに戸惑っているようだ。怒り半分、戸惑い半分といったところ。


 イキールはただ黙って笑い者される俺を観察していたが、ふと思い出したように声を張った。


「自分が思いますに。王国は広い。優秀な『無職』、優秀なスライムがいてもおかしくはないでしょう。むしろ、この錚々たるお顔ぶれを前にして、職業は『無職』だとか、従者はスライムだとか、そういったことを臆面もなく口にできる胆力は、並大抵ではありません」


 イキールが助け舟を出してくれただと?

 これは俺にも予想だにできない事態だな。


「実際、自分は学園で目にしております。『大魔導士』エレノアが、そこのスライムに手玉に取られる様を」


 イキールの言葉によって、再び嘲笑が収まる。


「倅よ。まことの話か」


「自分は偽りを口にいたしません父上。このことは学園に通う者なら、誰もが知っている有名な話です。なにせ決闘の立会人は、我がガウマン家と、あの憎きダーメンズ家が連名で担いましたもので」


「なんと。そうなのか、エレノアよ」


「はい侯爵閣下。間違いありません。私はアイリスに、手も足も出ませんでした」


 エレノアは薄い胸を張ってはっきりと答える。


 その後、イキールが言葉を継いだ。


「ですから、自分はこの者達を侮るつもりはありません。国を守る剣となり盾となってくれるかもしれないからです」


 ムッソー大将軍は、イキールの言葉に何度も深く頷いていた。


「確かにその通りだ。ふむ、ロートス。そなたは何をしに、ここに参った?」


 何をしに、か。

 決まってる。


「戦争を、止めに来たんです」


 将軍や冒険者達が静かに顔を見合わせる。


「戦争を、止めるとな?」


「はい。戦争は悲惨です。敵にも味方にも大きな被害が出ます。人もたくさん死ぬ」


「此度は、国を守るための戦である。兵を退けば、この国は蹂躙され滅ぶ。それを分かった上の発言か」


「そうです」


 亜人連合の方から攻めてきているってのは俺だって知ってる。

 その上で、戦争を止める手を打ちたいんだよ。

 エレノアに戦争なんかさせたくないし、俺自身が家族と平穏に暮らすためにな。


 俺はまだ、スローライフを諦めちゃいない。

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