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遠い過去の話やな

「どれくらい昔なのかは憶えておりませんが、わたくしはとあるダンジョンで生まれました。誰も気にしないような小さなダンジョンです。そこにはスライムやラットマウスのような弱い生き物しかいませんでした。モンスター達は、平穏な毎日を送っていたのです」


「ダンジョンのモンスター達って、普段何をしてるんだ?」


「いろいろですわ。探検をしたり、美味しい食べ物を探したり、面白い話を考えたり、時にはケンカをしたり」


「人間と変わんないな」


「そうかもしれません」


 アイリスの微笑みが、俺の目の前にある。

 改めて見ると、やっぱりとてつもない美少女だな。究極の清純派というか。透明感がありすぎて直視できないほどだ。


「ところがです。ある時を境に、急にダンジョンに人間がたくさん出入りするようになったのです」


「なぜだ」


「ダンジョンは常に変化し、成長します。いつの間にか大規模なダンジョンになっていたわたくしの生まれ故郷は、多くの宝を内包する国内屈指の大ダンジョンになっていたのです」


 ダンジョンが変化とな。まさに不思議だな。


「共に育ったモンスター達は、人間達によって次々と狩られていきました。わたくしはスライムですから、両親はおりません。けれども、兄弟姉妹はおりました」


「……生き残りは」


「わたくしだけ、ですわ」


 アイリスの微笑みが、どことなく寂しげに見える。


「わたくしも命からがら、生き延びるので精一杯。以前までの生活は、遠い過去の話となりました」


 なんというか。モンスターにはモンスターの生活があるんだな。人間の都合で狩られるのも、可哀想に思える。


「人間によって破壊された生態系は、モンスター同士の争いを生み、ダンジョンは混沌が蔓延る不毛の地と化しました。わたくしも……戦うしかありませんでした」


 アイリスの手に、僅かに力がこもる。


「やがて、ついにダンジョンのモンスターは、わたくしだけになってしまったのです」


「最後の一人まで、生き残ったのか」


「はい。逃げ、隠れ、奇襲し、捕食し、少しずつ力をつけていきました。スライムは魔法生物です。魔力を得ることで、際限なく強くなることができる。わたくしはダンジョン中のモンスターを食らい尽くし、人間の魔法を吸収し、強くなり続けました。そうして、少しずつ理性をなくしていきました」


「理性を?」


「はい。わたくしの中の生存本能が暴走し、ただ魔力を欲し、あらゆるものを襲う怪物と化してしまったのですわ。故郷を捨て、ダンジョンからダンジョンへと移り住み、空っぽになるまで食らい尽くし、また次のダンジョンへ。そうなったわたくしを見た人間達は、口を揃えてこう言いました。強欲なる怪物と」


 ぞっとしないな。


「ある時、わたくしは一人の冒険者に敗れ、ダンジョンに封印されてしまいました。そのダンジョンから出ることができず、壮絶な飢えの中で、永き時を苦しむことになったのです」


「それが、強欲の森林だったのか」


 アイリスは首肯する。


「それはそれは苦しい時間でしたわ。中毒的な飢餓状態に追い込まれたわたくしは、徐々に力を失いつつも、時折訪れる冒険者を食らうことで命を繋ぐしかありませんでした。そんな折に現れたのが」


「俺だった」


 にこりとした笑みが俺を見る。

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