そりゃ助けるさ
エレノアが去った後、俺は死体を押しのけて立ち上がる。
「ああ、くそ」
思わず悪態が漏れる。
体も服も血だらけになり、気持ちが悪い。
いや、そんなことよりも、たくさんの死体に囲まれたこの状況の方が数百倍も不快だ。
正直、頭がおかしくなっていない自分自身を褒めてやりたいくらいだぜ。
まだ生温かい死体。目を見開いて死んでいる亜人達。その死に顔には、今にも動き出しそうなくらい感情が露わになっている。
冗談きついぜ。
スローライフを目指していたはずの俺が、まさかこんな風になっているなんて。
「運命ってやつかな、これも」
ヘッケラー機関に操られた運命は、どうしても俺を波乱万丈の人生に叩き落したいらしいな。
まぁ、いいさ。
とっくに覚悟はできてる。
思えば、クソスキルを得て『無職』と宣告された時から、俺の人生は荒れに荒れている。無職という単語の響きからは想像もできないくらいいろんなことが起きた。
まったくけしからん。
「ん?」
ふと、死体の山が小さく動いた気がした。
「あれは……」
よく見れば、死体が一つ、もぞもぞと動いている。
いや、死体じゃない。まだ生きているんだ。
「おい、あんた」
俺はすぐさま駆け寄り、動いている亜人を揺さぶる。
ごろりと仰向けになったのは、亜人の男。顔の皴と髭を見るに、老人と言っていいくらいの年齢だった。
返ってくるのは小さな呻き声だけ。
肩口から腹部にかけて、深い切創がある。イキールかリッターにやられたのだろう。
「いけるか……?」
俺は医療魔法ファーストエイドをかけてみる。
すると、その老人の傷がたちどころに治っていった。
「……なんと。わしは、生きているのか」
か細い声の老人に、俺は強く頷いだ。
「おう。残念だったな。あんただけ生き残っちまったみたいだ」
「礼を言うぞ、少年……」
そう言って、老人は目を閉じた。
「お、おい」
どうやら気絶しただけのようだ。
いくら傷を治しても、失った血は元には戻らない。しばらくはこのまま眠っていた方がいいかもな。
仕方ない。安全な場所に移動するか。
この老人に聞きたい話も、めちゃくちゃある。
俺は老人を背負い、村はずれにあったルーチェのテントに隠れることにした。
慎重に隠れつつ進んだから誰にも見つからなかったのは幸いだ。あるいは、俺の隠密能力が人並み外れているのかもしれない。それはないか。運が良かっただけだ。
老人をベッドに寝かし、テントを出る。
アイリスはどうなっただろうか。あいつのことだから心配はいらないだろうけど、気になるのは気になる。
だが今は、下手に動かない方がいいだろう。
この老人が目覚めるのを待って、話を聞くとしよう。




