完全に無双
結果から言うと、戦いは王国の勝利に終わった。
イキールの剣技はかつてのそれとは比べ物にならないくらい凄みを増しており、どれくらい強くなったのか素人の俺には分からないくらいだった。
リッターとの連携も文句のつけようがないほど洗練されていた。瞬く間に亜人を斬り捨てていき、しかも彼らは無傷だった。
すごい。
そして、エレノアはエレノアでやばかった。乙女の極光を身に纏ったエレノアの体術は、とてもじゃないが十三歳の少女とは思えないキレを見せていた。剣術に長けたイキールと比べてもなんら遜色ない動きだ。
それはマホさんも同様で、強欲の森で見た戦いとは一線を画していた。マホさんも相当な修行を積んだのだろう。
意外なことに、エレノアは乙女の極光以外の魔法を使おうとしなかった。敵の攻撃は武器やマジックアイテムらしきものによるものだったが、その全てを回避し、拳足のみで戦っている。
どうしてだろうな。エルフから魔法を教わったんじゃないのか?
そんなわけで、亜人軍は四人を相手に苦戦を強いられ、ものの数分で半分まで減ってしまった。
俺はというと、最初の方に、ふっ飛んできた亜人の男の巻き添えになり、戦場のど真ん中で横たわることになってしまった。周りには戦闘不能になった亜人達が死屍累々の体を為しており、俺はその中に紛れている感じだ。
「やばい! これはやばいぞぉ! 撤退するしかないんじゃないのか! ああ! そうに違いない!」
戦力の半分以上を失った亜人軍は、当然の如く撤退する。
「逃がすものか」
イキールが勇ましく追撃をしようとするが、それを止めたのはリッターだ。
「お待ちを。坊ちゃま」
「なんだ」
「こちらは四人しかおりません。散り散りになって逃げる敵を追うのはあまりにも非効率です。ここは一度村に戻り、旦那様に敵軍撃退の報告をされるのがよいかと」
「……ああ、そうだな。僕としたことが、すこし頭に血が上っていたようだ」
イキールは深呼吸をして、剣を納める。
「戻るぞ」
「はっ」
戦場に残された死体には目もくれず、イキールはカード村へと戻っていった。
エレノアは、数十の死体の前で、憂いのある表情を浮かべている。
「戦争、か」
拳をぎゅっと握り締め、呟く。
正直、俺はショックを受けている。
いくら戦争とはいっても、幼馴染であるエレノアが人を殺してしまった。現代日本的な感覚が残っている俺としては、それはどうにも受け入れがたい。
やはりエレノアは、俺とは別の世界からやってきたのだろうか。それとも、この世界の倫理観に染まってしまったのか。
「なんだよ。今さら感傷に耽ってるのか?」
鎧を解除したマホさんが、エレノアの隣に立つ。
「ううん、そんなんじゃないわ。ただ……」
エレノアは、曇ってきた空を見上げる。
「正義って、なんなのかなって」
「正義だぁ?」
マホさんは呆れたように首を振る。
「大事なことよ。戦う以上は、自分の中に正義がないと……何のために戦っているのか、わからなくなったら、それはもう人じゃない。獣よ」
「どうだかな」
「マホさんは、どう思う?」
「アタシはそんな小難しいことを考えちゃいないな。戦争なんだ。お上が敵とみなした奴を倒す。それだけだろ」
「もしも、国が間違ってたとしても?」
「なにが正しくてなにが間違いかなんてわからねーよ。そんなことは後の世の人間が勝手に決めるこった。アタシ達は、今この時を精一杯生きるしかねぇんだよ」
「……そうかしら」
マホさんの言葉に、エレノアはどうにも納得できないようだった。
「ま、好きなだけ悩んだらいい。悩むのは若者の特権だぜ」
「マホさんだって十分若いじゃない」
「見た目はな。先、行ってるぜ」
そう言ってくるりと踵を返したマホさんは、エレノアを置いて村へと戻っていった。
見た目は? ということは、マホさんが十六歳っていうのは嘘ってことか? 大いにあり得る。ヘッケラー機関の人間だもんな。
しばらくの間、エレノアはじっと戦場を見つめていた。
俺は亜人達の死体の下敷きになったまま、エレノアが去るまで動けずじまいだった。




