形勢逆転ですねこれは
終わった。
俺はすべてを諦める。
エレノアが背後の脅威に気付いて振り返るが、時すでに遅し。あと一秒もしないうちにエレノアは死ぬだろう。
力を持たない俺には、その運命を変えることはできない。
俺の大切な幼馴染は、目の前で殺されてしまうのだ。
――だが。
「……は?」
急に真上から降ってきた何かが、エレノアを殺そうとしていた男を踏みつぶした。男は変な声を出し、じたばたした後すぐ動かなくなる。
「まじか……!」
その男の上に立っていたのは、空色の長い髪と、水色のワンピースの裾を靡かせる少女。
柔らかい微笑みと、品のある所作。
そう。
「アイリス……?」
エレノアが目を丸くしていた。当然だ。
「どうして……」
「ふふ。見ていられませんわ」
アイリスは悪戯っぽい笑みを浮かべ、ぽかんとするエレノアのおでこを人指し指で弾いた。
「いたっ! ちょっとなにするのよ!」
「あなたを助けに参りました。と言いたいところですが、もちろんそんなことはありません。わたくしは敬愛するマスターを救いにきたのです」
「マスター? 誰それ」
アイリスは俺を一瞥する、なんてことはなく、ただ品の良い笑いを漏らすだけだった。やっぱできる子だ。あいつは。
だが、戦況が不利なことに変わりはない。
エレノアとアイリスはすぐに数人の男に囲まれてしまう。
「話は後ね。アイリス、背中を預けるわ」
「ええ。どうぞご勝手に」
「相変わらず――」
エレノアとアイリスの目に闘志が宿る。
「――いけ好かないわね!」
二人は同時に動いた。
乙女の極光で強化されたエレノアは、その敏捷性を活かして敵を引っ掻き回し、一人一人確実に倒していく。雷光を纏い、放たれる攻撃魔法や近接攻撃を紙一重でかわす様は、まるで戦乙女。北欧神話に語られるワルキューレのようだ。
対してアイリスは、ゆっくりと優雅に歩きながら、取り囲んでくる男達に殴る蹴るなどの暴行を加えていた。どれだけの攻撃を喰らおうとどこ吹く風。すこしも効いていない。服が傷まないように全て弾き返しているようだった。
時折スキルによる攻撃や妨害もあったが、士気旺盛な二人を止めることはできない。ヘッケラー機関の刺客たちは次々と倒れ、その数を減らしていった。
アイリスが現れてからそれほど経たず、ヘッケラー機関の戦力は十人を下回っていた。
「バカな! こんなことが!」
指揮官の男も仰天している。
あれだけ自信満々だったもんな。
とにかく、俺は胸を撫で下ろしていた。
エレノアも死なずに済んだ。
この戦いにも勝てそうだ。
アイリスの登場が戦況をひっくり返した。さすが俺の従者だ。
あらためて、アイリスの強さを実感するわ。




